第31話

 「ナイスだ正午。何度見てもおまえのサイコキネシスには惚れ惚れとする。PSY系の症状としては、まさしく原点にして頂点と言えるだろうな」

 夕日は言った。似合っていないと不評の眼鏡と三つ編みを解除し、誰よりも大きな目とややボリュームのあるストレートヘアを露わにしている。そうしているとロリな身体も相まって、人形めいた妖しい魅力を放つかのようだった。

 「待たせたのだ。未明お兄ちゃん、大丈夫なのだ?」

 そう言ったのは正午だった。夕日の隣で両手を前に差し出し、如何にも超能力を使っていた直後のような雰囲気を醸し出している。いや、状況から見て自動車をひっくり返したのはこいつで間違いなさそうだった。俺は思わず弟を指さして言った。

 「正午、おまえ中二病患者だったのか」

 「のだ。深夜お兄ちゃん以外には知らせないように夕日お姉ちゃんに言われてたのだ。だから未明お兄ちゃんには今日が初めてのお披露目なのだ」

 なんてこった。これで兄弟全員中二病患者だ。完全にクラスターだ。バイオハザードだ。

 「正午の『中二病』は空前のものでね。何せ八歳の時には手を触れずにものを動かせたというのだから、規格外だ」夕日は正午の肩に手を置いて、弟というよりは我が子を誇るかのように言う。「生まれてすぐ母親を失ったこの子の母親代わりは私だった。だから、一歳でも早く、しかもできるだけ強力な症状を発症するよう、この私が付きっ切りで英才教育を施したのだ。正午は私の最高傑作にして最強の能力者なのだよ」

 初めて知ったぞ。つか八歳で発症って……確かにそれは空前の記録だ。前例がない。

 しかも手を触れずに、自動車のような重たいものまで動かせるだなんて、確かにそれは最強の能力と呼んで差し支えない。超能力として見た時にサイコキネシスはありふれているが、それが何故ありふれているのかというと、それだけ便利かつ強力であるからだ。

 「母親代わりとして愛情を注ぎ、強力な能力まで芽生えさせてくれた私に、正午はとても忠実だ。私も弟妹の中で一番愛しているのは実は正午でね。その愛し方は同学年の子供となって学校でも間近に成長を見守る程だ」そう言うと、夕日は微かに挑発的な表情を俺達に向ける。「おっと、正午が一番などと言ってはジェラシーを感じてしまうかな? 弟諸君?」

 「まあちっとはな」と俺は素直に認めて目を反らした。

 「黙れアラサーロリ女」深夜は吐き捨てた。

 「そのアラサーというのは25と34を一括りにする酷い言葉だと私は常々思っている。もっともそれは私が27だからそう感じるだけで、34になればむしろその言葉に縋り付くことになるのだろうか?」夕日は真顔で言って首を傾げた。

 「歳なんて誰でも取るんだから一緒だよっ。死ねっ」深夜は舌打ちをした。「くだらねぇお喋りはやめろ。夕日、おまえ、なんでここに来た。何のつもりだ?」

 「最近のおまえには不審な点が多すぎたのでな。尾行を付けさせて貰っていた。未明と殴り合いを始めたという報告だけなら兄弟喧嘩と放っておいたが、天気予報の症状を使い落雷を浴びせたとなっては、訳を聞かない訳にはいかないだろう。そう思い駆けつけたところだ。……何をしていた?」

 「姉ちゃん姉ちゃん! こいつ姉ちゃんの組織を裏切ってるらしいぞ!」俺はここぞばかりに姉ちゃんに兄ちゃんの悪行をチクった。「ベラベラ喋ってたの俺聞いたもん! しかもなんか子供を二人使って姉ちゃんのことを殺そうとしてたんだって! こいつヤベぇぞ!」

 「あー! 未明こいつ! チクりやがったな!」深夜は憤慨した様子で俺を睨んだ。「せっかく話してやったらこれだ! チクショウ! 二度とおまえに秘密は話さねぇからな!」

 いがみ合う弟二人の様子に、夕日はおかしくてたまらないとばかりに笑う。

 「ああ薄々察していたとも。その男が私を裏切っていたことくらいはね。だからこそ尾行を付けていたわけなのだから」

 深夜は忌まわし気に舌打ちをした。俺はこいつに敵わないが、こいつもまた夕日には敵わないようだ。

 「察していたと言えば未明、おまえが殺人鬼『指切り』の正体であることも、私は把握している。それについては姉として火遊びを強く叱責するが、警察に突き出す訳にはいかない。二度とするなと約束させればそれでおしまいだ」

 「分かったよもうしない」俺は頷いた。「ところで姉ちゃん俺の仕掛けた暗号を解いたんだってな。だったら空を殺したのって姉ちゃんなのか?」

 「いや違う。空は私の海星時代の親友だ。どうやら私を裏切っていたようで、そのことについては傷心のどん底だが、やるとしても精々一生涯監禁する程度のことだ」

 人を一生涯監禁するのは、俺の兄姉共通の性癖らしい。嫌過ぎる性癖だ。

 「ところで未明。海星高校の名前について言いたいのだが、この『海星』は『ひとで』とも読めてしまうな? 正直ネーミングとしてどうかと思うんだが、これについてOBとして現役生に意見を求めたい」

 「知らねぇよそんなの。それより俺の身体を治してくれ。姉ちゃんの能力なら一発だ」

 「それは無理なのだ」と、そこまで兄姉の話を黙して聞いていた正午が言った。「さっき聞いたんだけど、夕日お姉ちゃんは最近すごく大きな力の使い方をしたそうなのだ。そのクールタイムはとても長いのだ。だから未明お兄ちゃん、雷に打たれてつらいだろうけど我慢するのだ」

 何だよそれ。アテが外れて俺はがっかりした気分になった。自分で言うのも難だが卓越した精神力で平気を装ってはいたが、俺はもうこの苦痛に満ちた身体から出ていきたいと思うくらいに、つらくてたまらなかったのだ。モルヒネでも何でもガンガンぶち込んで、とっとと治療して欲しい。

 「それだけ喋れるのなら命に別状はないさ。医者である私が言うのだから間違いない」死にかけの弟に夕日は言った。「ところで深夜……おまえにはたっぷり話を聞かせて貰わなければならないな」

 「糞っ! 一か八かだ!」

 言いながら、深夜は夕日に殴り掛かる。俺にしたように落雷を使わないのは、クールタイムが解けていないからだろう。

 「正午」

 夕日は身動き一つしなかった。末の弟に一言そう命じるだけだ。すると正午は「のだ」と返事をして手の平をかざした。

 深夜の身体がその場で浮き上がった。尚も暴れる深夜の手足を、正午は強引に折りたたんでいく。骨をへし折りこそしてはいないが、固結びの体育座りのように丸め込まれたその体勢は苦痛そうだった。

 「ちくしょう! 離しやがれ正午!」深夜は喚く。

 「ダメなのだ。夕日お姉ちゃんの命令は絶対なのだ」正午は勝ち誇ったように言う。「良くもお姉ちゃんを裏切ったのだ。たっぷり反省すると良いのだ」

 「何も分からねぇ癖に良いように使われやがって! おまえなんかイデオロギーも糞もないただの暴力装置だ!」

 「良くやった正午。持ち歩いているロープがあるから、このままふん縛って、傍に停めてある車のトランクにでも放り込んでおこう。裏切り者として本部に連行する」そう言って、次に夕日は俺の方を見た。「未明も来い。傷の手当てをしてやる。おまえのことは結社員に加えて悪いようにはしない。時期尚早だと思ってずっと声は掛けて来なかったが、おまえも深夜から聞いて色々知ってしまったようだしな」

 「拒否権ねぇんだろ? 従うよ」俺はため息を吐いた。秘密を知った以上、仲間になるか消されるかだ。「だが傷の手当するなら病院に連れて行ってくれねぇか? そりゃあ姉ちゃんだって医者だけど精神科医だろ? 専門の外科医に見てもらわねぇと命に関わると思うんだけど」

 「心配せずとも、これから行く『アヴニール』本部は時川病院の地下にある。運転手を待たせてしまっているから急ごう。正午、未明はおまえが念動力で運んでくれ。傷付いた弟に肩を貸してやりたくてしょうがないところだが、先ほどの落雷が全身に帯電しているだろうからな。直接触れるのは危険なのだよ」

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