第21話

 三ツ木小学校跡を出て、警察所に行って瓶詰の歯と紙を警察に手渡しました。

 そこからは、慌ただしい時間が続きました。

 得意げに自説を披露する音無に、警察の大人たちは胡乱な目を向けていました。しかし金庫の扉が開いたという事実、そして瓶詰の歯の存在からその話を無下にはできず、メモを取りながらきちんと耳を傾けていました。

 やがて整合性が取れていることに気付くと彼らは愕然としました。その後わたし達は少し待たされた後、金庫のある現場へと連れて行かれたり、より階級が上そうな刑事と対談させられたりした後で、五時過ぎに解放されました。

「なんか疲れたねー」

 そのまま連れ立って家に帰る途中、音無は伸びをしながら言いました。

「でもさ、あたし結構すごくない?」

 わたしは頷きました。そうです。信じがたいのですがこいつは謎を解いたのです。誰も解けなかった指切りの暗号の謎を。それはとてつもないことでした。

「まああたしくらいの頭脳の持ち主ならこれくらいは朝飯前ってところかな? むしろこんなに時間を掛けてしまったことが不覚っていうのかな? 北原も遠慮なくあたしのことを尊敬してくれて良いんだよ? 手始めに給食のタマネギをあたしに食べさせようとするのをやめるところから……」

「ま……まあ……大したものだと思いますよ。これは本当に」

 金庫の中にあった手がかりが『指切り』を捕まえうるものなのかどうかは、わたしには分かりません。それでもどちらかというと、それは難しいのではないかとも思っていました。

 『指切り』は狡猾な殺人鬼です。そんな彼が自分から残して行った物の中に、彼自身に繋がる何かがあるようには、どうにも思えないのです。

 やはりわたしが自分の『症状』を打ち明けなければならないのでしょうか……。

 そう考えていた時でした。

「あ、そうだ。北原、ちょっと電話するから待っててね」

 そう言って、音無がポケットからスマートホンを取り出します。

 わたしが大人しく立ち止まって待っていると、音無は通話口に向かって明るい声で話しかけます。

「もしもし松本さん? 合ってたよ。いや『はあ……』じゃなくってさあ。ほらヒントくれたじゃん『指切り』の。……そうそう、『ゼロとユイで世界の全てがキジュツできる』って奴」

 その声を聞いて……わたしは目を大きくして音無を凝視しました。

「うん? そうそうそこから先は自分で解いたんだよ。犯人からのヒントが特に大きかったね。すごい? うん。えへへありがとう」

 そんな話をする音無に、わたしはつい白い目を送ります。しかし音無は意に介した様子もなく、はしゃいだ様子で。

「でも本当すごいよね松本さん。犯人からヒントが出る前の段階で、全部分かってたってことでしょ? えー? 謙遜しなくて良いよ。全部分かってたからヒント出せたんでしょ? いやいや、そんなこと言っちゃってさー。シショーと呼ばせていただきますぜ、シショーと。えへへへ。うん、うん。じゃあね。」

 そう言って、最後に電話の向こうには見えないことが残念な程の愛らしい笑顔を見せた後、音無は電話を切りました。

「お待たせ。じゃあ、行こうか北原」

「……ちょっと待ってください音無」

 わたしは胡乱な目を音無に送ります。

「なあに北原」

「今の電話なんですか?」

「友達と話してただけだよ? 二個上の松本さん。良い人なんだ」

「あなた……今の人からヒント貰ってたんですか?」

「そうだよ。二進数ってのを示唆してくれたの。この世の全てのことは零と唯で記述できるって」

「そうですか。……って、それって」

 わたしは声を張り上げました。

「いっちばん大事なとこじゃないですか! そこを人に教えてもらっておいて、良くもあんなに手柄顔できましたね! すごいのあなたじゃなくてその松本さんじゃないですか!」

「うーん。まあ松本さんがすごいのはそうだけど、でもあたしもすごくないって訳じゃないよ? 同じヒント貰ったとしても、あたしみたいに解ける人ばかりかは分かんないでしょ?」

 と音無は胸を張って主張しました。それはまあ……そうかもしれないんですけどね。

 とにかくこれで腑に落ちました。そうです。こいつが一人で解いた訳がないのです。裏にブレインがいて当然なのです。本当にすごいのはその人の方なのでした。

「でもヒント貰ってるんだったら最初っからそう言って下さいよ! わたし全部あなた一人で解いたのかと思って、つい尊敬しちゃったじゃないですか!」

 わたしが言うと、音無は頬に手を当てて照れを表現しました。

「尊敬だなんて……照れる……」

「もうしてないです!」

 それからわたし達はいつものようなテンションで会話を交わしつつ、警察署から自分達の街の方へと歩きました。そうしていると、音無との道が分かれる場所が来ます。

 音無はわたしの方を見て、頬に少しだけ不敵な笑顔を刻みながら、言いました。

「元気になったみたいだね」

 そう言われ、わたしははっとしました。

 確かにわたしは元気になっていました。空先生が死なせたという罪悪感がなくなった訳ではありません。ただ、その罪悪感を直視したまま、苦しみながら、それでも真っすぐに立っているだけの気力が湧いていたのです。

「やっぱりさ。色んな事乗り越えるには、目を反らすより直視した方が良いんだよ。先生の死がつらいのなら、先生の死を調べてるのが一番の薬って訳」

「そうですか。で、誰かの受け売りですか?」

「さあどうでしょう。じゃ、またね」

「はい。また今度」

 わたしは手を振ります。そして少し考えて、付け足しました。

「ありがとう」

「水くせぇこと言うんじゃねぇ、相棒。……じゃまた」

 そう言って立ち去って行く音無の背中と軽い足取りを、わたしはしばらく、見詰めていました。




 その後、家に戻るなり、音無と共に手柄を立てたはずのわたしは、何故だか母親に叱責されました。

「そんな危ないところに子供だけで行くなんて何考えてるの? 殺人犯に目を付けられたりしたらどうするの? お友達が言い出したにしたってね、危険な目に合うのはあなたも同じ……」

 わたしは甘んじて拝聴しました。聞いている内に愛のお小言だと分かったからです。

 そしてお風呂に入って夕飯を食べて、リビングで漫画を呼んでいると、ニュースを見ていた父親が叫びました。

「大変だ!」

 わたしは振り向いて尋ねます。

「何があったの?」

「アメリカのクック大統領が銃で撃たれた」

 思わず、わたしはその場を立ち上がりました。

「暗殺事件だって言ってる……。今は病院に搬送されている途中で、命が助かるかどうかは分からないらしい。詳しいことはこれから報道されるそうだけど……これは大事件だ! 首脳暗殺だなんて……今のアメリカでそんなことが起こるだなんて、信じられない」

 わたしは自分の部屋に駆け込みました。そして音無が作ってくれた、例の金庫に入っていた紙の写しを凝視します。


 LOGAN COOK 2023年5月2日19時37分19秒


 わたしは部屋にあるテレビをつけてニュースを確認しました。クック大統領に発砲した犯人の男の顔が、画面いっぱいに映し出されています。パトカーに乗せられて得意げな笑みを浮かべるその表情は、暗殺を成功させたと確信している狂気の国賊そのものでした。

 その男の頭上にある数字を、わたしは確認しました。今はまだ『0』です。

 わたしは時計を見ます。今は19時37分の17秒、18秒……19秒。

 男の頭上にある数字がぐにゃりとねじ曲がり、『1』という形を取りました。

 わたしの身が震え、胃の中がしくしくと痛み始めます。そのまま呆然とテレビを眺めていると、やがてクック大統領が死亡したという報道が始まったのでした。

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