第13話
帰宅する。鞄を置いて早速姉の部屋に向かうと、唯花はベッドに腰かけてぼんやり天井を見詰めていた。
「零歌ちゃん。おかえり」
唯花は笑顔で零歌を迎えた。昨日と比べると元気そうに見えた。
「ただいまお姉ちゃん。調子はどう?」
「ちょっとさっぱりしたわ。ごめんな心配かけて」
「全然」
零歌は微笑みを返した。姉が元気になって良かったと思った。柏木のことなんて忘れてしまえば良いんだと思った。
「なんかして遊ぼう」
「ええよ。ゲームする?」
リビングには家庭用ゲーム機が置いてある。姉妹の大切な遊び道具だ。譲り合って仲良く使っているが、一緒に遊ぶ以外の時間はどちらかというと零歌が使っていることの方が多い。
両親は共に仕事に出かけていた。しばらくゲームで遊んで和やかな空気を作った後、零歌は自然な調子でこう切り出した。
「驚かないで聞いて欲しいことがあるんだけどさ」
「なんや零歌ちゃん」
「私、昨日『中二病』にかかったの」
唯花は目を丸くしてコントローラーを取り落とした。そしてまじまじと零歌の顔を見る。最初の内は冗談として一笑に付して来るかと思っていたので、それは意外な反応だった。
「それ、ホンマなん?」
「う、うん。本当だよ。見ててね」
零歌はポケットにあったハンカチを取り出すと無造作にリビングの隅に投げた。するとハンカチは物理法則を超越した動きで空中を旋回し、零歌の手元へと戻って来た。
「これ、サイコキネシスに見えるけどね、ただ飛んでるものが『どこに落ちるか』を決めてるだけなんだ。だからそんなに……いや、全然万能じゃなくってね。例えば……」
零歌は昨日の実験で判明したことを解説・実演しながら自身の能力について語った。唯花は呆然としつつも、零歌の言葉の一つ一つに頷いていた。
『中二病』にかかったことを唯花に話すことは決めていた。姉妹の間に隠し事はなしにするつもりだった。『二人だけの秘密』と言っておけば、唯花はきっと他の人には黙っていてくれるはずだった。
「……なあ零歌ちゃん」
「なあにお姉ちゃん」
「話聞いてて思ったんやけど……もしかしてなんやけどな。昨日柏木さんの頭にボールが当たったんって、もしかして零歌ちゃんがその力を使って……」
「そうだよ」
零歌はこともなげに答えた。
唯花の両手が零歌の肩に置かれ、前のめりな力が強く加えられた。零歌は思わずその場で押し倒されそうになる。その表情は深刻でまるで零歌を責めるかのようだった。
「……何?」
零歌は唯花の顔をじっと見つめる。
「零歌ちゃん……それは……」
「私悪くないもん。咄嗟に自分に飛んで来るボールの落ちるとこ変えたら、それがたまたま柏木さんのアタマだったってだけだもん」
それを聞いて、唯花の腕から力が抜けた。大きく息を吐き出して、額に塗れている汗を拭うと、零歌から手を放してへなへなと項垂れる。
「……ごめん。そうやな。絶対そうよな。零歌ちゃんがわざとにそんなことする訳ないもんな」
「そうだよ」
「ホンマごめんな、疑ったりして」
「ううん。良いよ」
「咄嗟のことなら事故やと思う。零歌ちゃんは何も悪くないで。運が悪かったんや。柏木さんにとっても零歌ちゃんにとっても……それだけのことなんや」
「うん。私もそう思ってるよ」
零歌は笑顔で頷いた。
「だからさ……この話は誰にも秘密にしてね。お姉ちゃんにだから話しただけで、他人に言ったら隔離施設に送られちゃうんだもん。お姉ちゃんだって私がそうなるの絶対やでしょ?」
「嫌や。それとな零歌ちゃん、それはウチよりも零歌ちゃんの方が余計に心に刻んどかなあかんことやと思う」
唯花は人差し指を立てて真剣な顔で口にした。
「人前で……いや、例え一人の時だとしてもその力は絶対に使ったらいかん。ウチと二人だけで話す時も、その力のことはなるだけ話題にせんほうが良い。誰が聞いとるか分らんからな。絶対にバレんようにするには、その力を使わず、その力のことを忘れたまんまで生活するんや。ええな?」
「うん。分かってるよ」
心配してくれてるのが分かって零歌は嬉しかった。説諭するような言い方には圧力も感じたが、自分を思いやるからこそだと思えば受け入れられた。
「信頼してくれたこと自体は嬉しいよ。ありがとうな。『中二病』にかかってもうたら、その人にしか分からん重圧がある。それを打ち明けられる相手を一人もっとくことは、多分大事なことやと思うで。何でも頼ってな」
「うん。ありがとうお姉ちゃん」
零歌は幸せな笑顔を浮かべた。
そうしてカミングアウトは終わり、零歌達は再びテレビゲームに戻った。
言ったらすっきりした。零歌は心の底からゲームを楽しむ。秘密を共有する相手を持てたことの頼もしさと素敵感が、零歌の全身を喜びに震えさせた。
しばらくそうやって遊んでいて、どこか上の空で普段よりゲームが弱くなっている姉を半ば淡々とやっつけている内……ふと唯花のスマートホンが鳴り響いた。
その画面の表示を見て、唯花はすぐに立ち上がった。そして「ごめんな」と口にして、自分の部屋へと向かっていった。
自分に隠れて電話をするような相手がいるのだろうか? 零歌は退屈な気持ちで画面のポーズボタンをじっと眺める。
そうしていると、唯花が顔を青くして戻って来た。そして、心底申し訳なさそうに、振り絞った声で言う。
「……ごめん零歌ちゃん。零歌ちゃんのこと、組織にもうバレてもたみたい。招集がかかってもうとるわ」
「……? 招集、組織って何?」
「これから零歌ちゃんには、ある人に会いに行ってもらわんとあかん。ホンマごめんやけど、ウチにはどうにもならんのよ」
「ある人って……」
「空先生」
零歌は唯花の言う意味が分からなかった。
「なんで? なんであの人に会わなきゃいけないの? 組織って何?」
「実はこの街には、『中二病』にかかった人間同士が、秘密を共有して助け合っとる秘密組織がある。政府から捕まりそうになっとる中二病の子供を匿ったりな」
息を飲むような衝撃。
そんなバカな話があるはずがないと思った。中二病患者同士の秘密組織があるという空想はありふれたもので、それを題材にしたフィクションも無数に存在する。だが実際にそんなものの存在を政府が許すはずはないし、よってそんなものありえないと零歌は断じていた。それがどうして。
「で、空先生はそこのメンバーの一人なんや。ウチもようけお世話になっとる」
「どういうこと……?」
「『中二病』は身近な人間に感染する。逆に言えば、自分が『中二病』になったらそれは、周りに『中二病』の人間がいる確率が高いってことや」
そう言って、唯花は立ち上がって、床に仰向けに寝転がった。そして足の裏を壁にくっ付けると、握った拳に一瞬だけ力を入れた。
唯花の身体が浮き上がる。……いや、そうじゃない。浮いてはいない。まるで重力の向きが変わったかのように、唯花は壁に脚を付けて歩いているのだ。
呆然とする零歌の前で、唯花は今度は天井付近まで歩いて、今度は壁に背中を付けて寝転がった。そして天井に足を付けると、さらに重力の向きを変えて今度は天井を歩きはじめる。
そうして天井を歩き、重力の向きを変えながら再び床まで戻って来てから……唯花は罪悪感に沈んだ声でこう告げた。
「……零歌ちゃんに『中二病』を移したのはウチや。ごめんな零歌ちゃん」
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