第132話 夢
ミナミは恐る恐るドアを開ける。
やはり、大沢はそこにいた。
「大沢さん、あの、私、勝ちました」
「ああ、よくがんばったな。お疲れ様。そして……おめでとう」
ミナミは大沢に白いベルトをそっと外して手渡した。
大沢はそれをゆっくり眺める。
そして、優しい笑顔でミナミに囁いた。
「どうだった?肩の荷降ろして、楽しめたか?」
「はい……あの……」
ミナミは、もじもじする。
「……はい。決勝に出て、ベルトも取れて、こんなにもたくさんの観客が、私たちの技と技のぶつかり合いを楽しんでくれたと実感できました。私、幸せです」
「よくここまで頑張ったな」
そして、コスチューム姿のままのミナミにコートをかける。
(……暖かい)
その優しさに、体も心も温まる。
「大沢さんのおかげです」
「ミナミの努力の賜物だろう」
「試合前にアラタさんを連れて来てくれたのも大沢さんですよね。私、おかげでしっかりと試合に集中できました」
ミナミはグッと一息飲み込む。
「私が中学のころから、ずっと見守ってくれていたんですね。本当にありがとうございます」
照れているのか、苦笑いを見せる大沢。
ミナミも苦笑い。
「本当に感謝が絶えません。でも、怖いんです。夢が叶ったら、私は……もう……」
(もう、大沢さんに必要とされないかもしれない……)
ミナミは俯いて震える。
大沢はミナミにむかって近づいていった。
その気配を感じ、ミナミが顔を上げる。
「……」
大沢は、真正面からミナミを包み込むように両腕の中に抱き寄せた。
「おれは、これからもずっとミナミと一緒にいたい。頑張るミナミの夢が叶うまではと思っていたけど。これから先もずっと一緒にいたい」
「……それって……」
「おれはミナミが好きだ。ミナミと一緒に、もっとたくさんの夢を叶えたい。夢が叶えば、次の夢を作ればいい」
ミナミは大沢の腕の中で、宙を見上げた。
緊張が解けて、涙が一筋頬を伝う。
「大沢さん……」
「これからも、そばにいてくれるか?おれと一緒に、これからも」
大沢は手を緩め、ミナミの顔をまっすぐに見る。
ミナミの顔はぐしゃぐしゃだった。
「はい、私も。大沢さんが好きです。優しくて、信念にあふれて、大きな夢をもっている大沢さんが好きです」
大沢がミナミを見つめる。
ミナミも大沢を見つめる。
二人の顔が近づく。
背後でヘヴィ級決勝戦の入場テーマ曲が聞こえ始めた。
大歓声が聞こえる。
それらすべて、二人の耳には届いていないようだった。
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