第128話 追憶

 中学一年生のとき、女子プロレス団体ZWW事務所の扉を開けた。

 入団したいと言うと、若い面接官が部屋に通してくれた。


『私はプロレスが好きです。アラタ選手にあこがれています。でも、学校ではみんなやらせだといって笑います。私は、そんなことを言わせたくない。私がプロレスラーになって、究極の技と技のぶつかり合いの魅力がきちんと評価されるようなプロレスの世界を作りたいんです』


(あのときの面接官が大沢さんだったのね……アラタさんにも会わせてくれましたね)


 大学一年生のときも。


『いずれ純粋な技と技の凌ぎ合いによって人を感動させる団体を作るから、卒業したらそっちに入団しにおいで』


(私の想いを……覚えていてくれたんですね)


 SJWに加入してからも。


『このまま不合格にするのはもったいないということで、別の選択肢を用意してみた』


 選手と経営に両立の機会をくれた。

 覆面を提示してくれて、自分の覚悟と両親の理解の時間をくれた。

 M&Aでイズミさんと組む機会をもらった。

 体を心配してギロチンドロップを授けてくれた。

 八王子でのデビュー戦。

 ツツジのためを考えて送り出してくれたタッグ戦。

 AI改革、ガルパへの遠征。

 そして、アラタさんをトレーナーに紹介してくれた。


 たくさん。

 本当にたくさん。


(10年以上前の中学の面接のときから、ずっと見守って、支えていてくれたんですね)


 例え、スキだという気持ちは届かなくても。

 ミナミは幸せですと、こんなにたくさんをもらった感謝を伝えたい。



『……ミナミ』


(声が聞こえる。大きな歓声の中でも、私にはわかる)


『ミナミ!』


(……はい……ここにいます)


「ミナミ!がんばれ!」


 ミナミはぼんやりとした視界の中に、はっきりと大沢の姿だけを認識した。

 今まで見たことがない。

 立ち上がって、力一杯に叫ぶ大沢を。


(はい!まだやれます)


 ミナミの体がびくっと動く。

 肩がマットから、わずか1cmだけ浮いた。

 レフェリーはそれを見逃さなかった。


 カウントは2で止まった。



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