第125話 遠い昔

「まるで今日が引退試合のような顔してるね」

「す、すみません」


(やっぱり……大沢さんの指図?……私、会う覚悟できてなかったのに……)

 でも、会ってしまったのだから、言わなければいけないことがある。


「私、大沢さんの夢を一緒に実現してきたのだと思ってました。でも、アラタさんと約束された夢だったんですか?そうであればこそ、私は絶対に大会を成功させようと考えています」


 ミナミの苦い告白に苦笑するアラタ。


「やっぱり、勘違いしてるのね」

「え?」

「大沢ちゃんと約束したのは私じゃないわ」


 アラタは懐かしそうに続ける。


「10年ほど前、大沢ちゃんがZWWの新入社員の頃、面接対応をやってもらってたのよ。そこに一人の中学生が親にも言わずに入団試験を受けに来たの」

「え……それって……」

「その娘はね、大沢ちゃんに『究極の技と技のぶつかり合いの魅力がきちんと評価されるようなプロレスの世界を作りたい』って言ったのよ。ヤラセと言われるのは許せないとね」


 ミナミはかぶりを振る。


(あのときの面接官が、大沢さんだった!?)


「それを聞いて感動した大沢ちゃんはその娘を私に紹介したの。私もこんな面白い娘はそうはいない、必ず大きくなったら門を叩きに来る。だから、そのときにしっかりと受け止めてあげなさいって大沢ちゃんに言ったのよ。これが、私たちの約束の内容よ」

「そんな……」

「大沢ちゃんは約束を守っているわ。あなたの夢を実現するってね。そして、あなたは今、ここにいる」


 もう、涙が止まらない。


(大沢さんは、そんなときから私を見守ってくれていたのね……)


「だから、安心して。誰のものでもない。ミナミちゃんと大沢ちゃんの夢なんだから」

「は、は……はい……あ、ありがとう……」


 声にならないミナミの耳元に顔を寄せるアラタ。


「それとね、私が大沢ちゃんの彼女って噂が流れているけどね」

「え……あの……」

「いい友人、というか、面倒見がいい若い社員。引退後も研究室を斡旋してくれたりしたけど、それだけよ。だから、気にしないでね」


 アラタは舌をぺろっと出した。


「だから、試合前に号泣しないの。変な心配しないで、私が教えたすべてを出して、ベルトを取ってきなさい」

「はい、ありがとうございます」


 どこまでが本当で、どこまでが試合前の自分のために言ってくれたことなのかはわからない。それでも、ミナミは涙を拭きながら頭を下げるのだった。







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