第119話 お守り

 翌日。

 クリスマスを控えた土曜日昼過ぎ。


 東京ドームでは4つの女子プロレス団体による共同興行の準備が最終段階を迎えていた。


 橋本は、AIシステムのセッティングのために技術者を多数連れて現場指揮をしていたが、やっと一息。

 そんな矢先に、ミナミから現地到着のチャットが入る。

 ミナミは橋本を比較的作業員が少ないスタンド席に呼び出した。


「なんだか寝不足な表情だな。タマちゃんからミナミが悩んでいると聞いたよ。おれが言ったことが原因なら、今は忘れて試合に集中してくれていいから」


 ミナミは慌ててにっこり笑う。


「あはは、ありがとう。実は昨晩は少し悩んでたの。でも、もう大丈夫」

「そうか。確かに、今はしっかりした目をしてるね。決意が固まった?」

「うん、固めた」


 ミナミは清々しい表情で橋本の瞳をまっすぐに見つめた。


「いつもありがとう。いつもそばにいてくれて、本当に安心していたのよ」

「ああ」

「でも、今は自分の心は違う方向を向いていることに気がついたの。たぶん報われないと思う。その人には違う約束された人がいるみたいだから」


 橋本は黙ってミナミの話を聞く。


「でもね。逃げちゃダメだって思った。ボロボロになっても、ぶつかってみようと思うの」

「そんな気がしていたよ」


 橋本も清々しい表情で応える。


「それならそれで、応援するさ」

「ありがとう。とにかくまずはしっかり試合をして、この大会を成功させて、自分の夢を実現させる」


(……これは、二人の夢かもしれないけど、やっぱり私の夢でもある)


「そしたら、自信を持って自分の心に対して正直に行動をしてみる」


(……例え、それで打ち砕かれてもいい。私の気持ちは、嘘ではない)


 橋本は、優しく笑った。


「それでこそ、ミナミだと思うよ」

「うん。本当にありがとうね。あと、これ。ずっと試合中離さず身につけていたけど、もう大丈夫だから。私のここに全部詰め込まれているから」


 ミナミは自分の胸をトントンと指差し、そして昨年もらったお守りを橋本に渡す。

 橋本は笑顔で頷きながら受け取った。


「ああ。頑張ってこいよ。両方とも」

「うん、ありがとう。行ってくるね」


 走り去るミナミを見つめる橋本。

 お守りを握る右手の力が強くなる。


「本当に、なんで憎めないんだろうな。なんでまた、応援してしまうんだろう」


 こめかみをぽりぽり掻きながら、お守りをポケットに入れる橋本だった。

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