第117話 IBDのアソ

 明日はトーナメント準決勝だというのに、悶々としているミナミ。


「ミナミちゃん、ボケっとしすぎよ?」

「は、はい。すみません」


 朝練でもミスが目立つ。


(このままじゃ、日曜日の決勝どころか、土曜日の準決勝もやばいかもしれない……)


 定時になると、ミナミは速攻で会社を後にした。


(この悶々とした気持ちを振り払うには、タマちゃんに相談するしかないわ)


 こうして、渋谷で二人は落ち合う。


「ごめんね、呼び出して」

「あのねー、これでも私、外資系IBDのアソなの。超忙しいの。こんな時間に呼び出す輩なんてミナミくらいよ?」


 IBDは投資銀行部門の略称。アソはアソシエイトという役職。

 4年目でアソということは出世としては早い。年収は1千万円に届こうとしており、そのかわり普段から夜中3時まで働き続けるような人種であるが、ミナミはそんなこと知らないし気にもしない。


「アイビー?アソ?何のことかわかんないけど、飲もう」

「……まったく……」


 二人は居酒屋に入る。

 乾杯。

 一気に飲み干す。


「いっぱい報告と相談があるのよ。何からがいい?」

「そうね。じゃあ、恋愛からかな」

「うお、いきなり核心?」


 ミナミは少しはにかみながら続ける。


「どうせ隠しててもバレるから正直に言うね。この前、橋本君に告られたの」

「……ああ、やっぱりね」


 タマちゃんの反応は薄い。


「気づいてたの?」

「そりゃ、橋本君の態度見てたらわかるわよ。普段スタートアップは忙しいとかいって飲み会にも来ないくせに、ミナミの呼び出しにはちゃっかり出てくるしね」


(うわ、そうだったんだ。それは知らなかった)


「で、どう答えたの?」

「うん。橋本君がね、クリスマス大会の後に返事が欲しいって。だから、考えるって答えてある」

「なるほど……すぐにうんと言えない理由があるのね?」


 ミナミは少し沈黙した。


「……ミナミ、他に好きな人、いるんでしょ?」


 タマちゃんは、これも知ってたよと言わんばかりに淡々と詰める。


「話すと長いかも……」

「だから、こんな早い時間に呼び出したんでしょ?聞いてあげるから言っちゃいな」


 口は悪いが優しさがこもっている。

 これがタマちゃんの愛すべきところだ。


(何でタマちゃんに彼氏がいないのか不思議すぎるわよね……とはいえ、やっぱり、この超絶最強のタマちゃんを理解して包み込める男性はそうはいないか……)


 少し気が楽になったミナミは、自分の中の悶々とする不安を洗いざらい説明した。

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