第110話 実家

「まあ、元気そうでよかったわ。体、大きくなったわね」

「そ、そう?」


 数年ぶりの実家。

 父は外出中。すぐに戻るとのこと。まあ、気を使ったのだろう。

 母と二人でリビングでお茶をする。


「仕事と試合、しっかりやってるの?」

「まあまあね。まだまだこれからよ……あれ?あの雑誌……」


 テレビ台の下に見慣れた雑誌が束になって置いてある。

 ミナミはそれを手に取った。


『週刊WW』


 女子プロレス専門誌である。

 ところどころ付箋が貼られている。


「大沢社長さんが時々送ってくれるのよ」

「え?ええ!?大沢さんが?」

「そうよ」

「てか、なんで大沢さんを知っているの?」


 そんなこと、聞いたこともなかった。


「あら、知らなかったの?あなたが就職するときに、社長さんが挨拶に来てくれたのよ」

「ええ!?」


 さらなるサプライズにミナミは唖然とする。

 母は週刊誌をパラパラとめくりながらミナミに伝え始めた。


「『大事な娘さんを預かりたい。選手としても魅力的だし、経営にも携わってほしいと考えてます』ってね。中小企業なのにしっかりした社長さんね」

「私、そんなの聞いたことなかったわ」

「そうなのね。じゃあ、なんで正社員として迎えて経営に関与させたいかも聞いていないのね」

「え!?」


 たまたま、東大経営学部卒だったから……じゃなかったのだろうか。


「『ミナミはプロレスを改革したいと考えているから、それを実現させてあげたい。そのためには、選手の立場ではなく、経営側にも立たないといけない』って言ってたわね」

「……うそ……」


 そういえば、同じようなことを先日も聞いた気がする。


(……最初から、そのつもりだったの?)


「それとね。覆面レスラーでデビューするときにこの雑誌と共にお手紙を送ってもらったわ」


 母はデビュー時の小さな記事のページに挟まれた手紙をミナミに手渡した。


 そこに、大沢の想いが書かれていた。


 ミナミの夢を実現するためには、素顔が世間に広まらない方がやりやすいこと。

 ミナミが両親の理解を得るための時間も必要。

 だから覆面でデビューさせるが、いつかミナミが自信をもってマスクを取り、素顔で胸を張れる時が来たら、理解を示してほしいというお願い。


 手紙を持つ手が震える。

 

「いい社長さんに巡り合えてよかったわね。そして、よく頑張ったわね。お父さんももうすぐ地酒買って帰ってくるから、お祝いしましょう」


 ミナミは声も出せずに、ただただ頷き続けるのだった。













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