第107話 不死鳥

 9月末。

 アラタによる週二回の専属トレーナー特訓を始めてはや二ヶ月。

 ミナミの成績には如実に成果が表れ始めていた。


 もともとの素早い動きに、インパクトのキレが備わったことに対し、観客の目も、そしてAIシステムも評価を示す。

 フォール率、引き分けでの判定勝ち率も上がり、戦績は勝率5割を超えてきた。


「調子いいみたいね」

「ありがとうございます。アラタさんの特訓のおかげです」

「まあ、そうだと思うけどね」


 アラタはニコニコ笑う。


「プロレス力学は防御でも色々使えますね」

「お、どんなふうに?」

「腹筋と腹圧で緩衝するとか、力の向きを変えて受け流すとか」

「さすがね。ミナミは凡才だから知識と努力で補わないとだめだもんね」


 アラタは高笑い。


「もう……言い方意地悪ですよぉ。あの、ところでなんですが……」

「ん?何?」

「私……小学生のころ長岡でアラタさんのムーンサルトプレスを見てプロレスに入ることを決意しました」

「前にも言ってたよね」


 すると、ミナミが真剣な表情で答える。


「はい。親にも認められず、友達からはやらせだっていじめられて。それでもやる気を保てたのはあのときのムーンサルトのおかげなんです。だから……教えていただけませんか」


 アラタは茶化すのをやめた。


「思い入れを持ってくれるのは嬉しい。でも、その結末は知っての通りよ。大沢ちゃんが禁じているのも、この膝が理由だもの」


 アラタの左膝の靭帯は切れてしまっている。


「なんでムーンサルトのような後方回転系は危険か。それは力学的に言うと回転運動量、所謂モーメントの問題なの」

「モーメント?」

「モーメントは回転軸から遠いほど強くなるのよ」

「それって……」


 後方回転系は上半身を回転軸としてバク宙して相手にボディプレスをかぶせる。

 一番モーメントが大きいのは足だ。

 しかもマットに膝を打ち付けることが多い。


「膝にダメージが集中しやすい危険な技なの。わかるでしょ?」

 アキラはミナミの頭を撫でた。


(理論はわかるけど……)


「発想の転換をしたらどう?」

「発想の転換……もしかして……」


 ミナミの思考に一つの考えが生まれる。


「下半身を軸に上体を回転させればいいの?」

「そう。組み合わせたら?」


 ミナミは頭の中で想像する。


「後方回転から体を捻って前を向き、450度前転でボディプレス……」

「フェニックス・スプラッシュという技よ。あなたの空中センスならやれるかもね」


 ミナミはごくりとつばを飲み込んだ。


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