第105話 天才

 全日本対抗戦以降、ミナミは密かにツツジとの交流を再開していた。


「アラタさんが専属コーチ?」

「内緒よ?」

「イズミさんに続いて……ミナミってレジェンドに好かれる属性?」

「ははは、どうかな?」


 苦笑するしかない。


「でも、アラタさんの訓練は特殊で大変なのよ」

「どんな風に?」

「もうね、才能があり過ぎて……」


 実は、アラタ本人が最初にミナミに告白していた。


『私、練習は大っ嫌いだったの。練習しなくてもどんな技でも出せちゃうんだもの。だけど結局膝を壊しちゃってね……練習不足を後悔したわ』


 引退の理由も、ムーンサルトプレスによる膝の故障だという。


「だから、スポーツ後進に貢献したいと言って、知り合いの伝手で東大スポーツ科学の研究室に入って助手をやっているんですって」

「東大で?すごいじゃない」

 ツツジはかぶりを振った。


「やっぱ、トップレスラーは違うわね」

「本当ね。今は力学の視点から正しいプロレスの技の出し方、受け方の論文を書いているらしいの」

「それはぜひ教えてほしいわね」

「でしょ?でもねぇ……天才すぎて説明についていくのが大変なのよ」


 今度はミナミが、アラタの指導の様子を思い出し、かぶりを振る。


『それ、なんか違うわ。

 もっと、スパッといきなさい。

 違う違う、そこはズバーっていくところよ』


「……みたいな感じで、何言ってるかわかんない時が多くてね」

「ああ、天才にありがちってやつ?なんでもできちゃうから、できない理由がわからないって」

「そうかもね。でもまあ、あのアラタさんに直接教えてもらえてるんだもの。嬉しくてしょうがないの。絶対に失望はさせないわ」

「まあ、ドMのミナミには願ったり叶ったりの環境かもね」

「ちょっと、どういう意味よ」


 そのままの意味だと言い直すかわりに、ツツジは疑問を投げる。


「でもさ。ミナミが大好きな大沢さんが、偶然ミナミの憧れの人を専属トレーナーに引っ張って来たってことでしょ?」

「ちょ、ちょっと、だ、だ、大好きなって、そんなこと……」


 真っ赤になるミナミを無視するツツジ。


「それって本当に偶然なの?」

「え?……でも、アラタさんが私の憧れという話は誰にも言ったことなかったから……大沢さんも知らなかったはずよ」

「ふーん。じゃあ、やっぱ大沢さんとは運命の糸ってやつかものね。ミナミ、早く告れよ」

「ちょっと。だから違うって」


 所属団体は変わっても、仲良しの関係は変わらない二人であった。

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