第二十章 特訓 <入社4年目夏~秋>

第103話 再会

「あ、あの、昨日は酔ってしまって……タクシーで送ってもらっちゃいましてすみません」


 送ってもらったことだけ朧げに覚えている。

 マンション前で降ろしてもらい、部屋に入り、そのまま寝てしまった。

 おかげで朝起きたら化粧落としていない、肌はボロボロ、瞼は腫れてる、スーツも着たまま。


(そ、そ、そんなことより……)


「あ、あの、私、変なこと言ったりしてませんでしたか?」

「そうだな。お酒と練習が大好きだって言ってたぞ」

「え?お酒?練習?え??」


 それを聞いて、大沢は軽く笑う。


「お、大沢さん?からかわないでくださいっ!!」


 ミナミは顔を赤ながら俯く。


(やっぱり夢の中の話よね……変なこと、口に出していないわよね)


 ミナミの不安に気づいてか気づかないでか、大沢はいきなり切り出した。


「昨日も少し言ったけど、ミナミに専属トレーナーをつけるぞ」

「え?トレーナー?」


 着る方のトレーナーじゃないことは確かだ。


(でも、今までもイズミさんやアキラさん、サクラさんによくしてもらっていた。さらに専属なんて……)


 でも大沢はミナミの葛藤など気にしない。


「ミナミは基礎がしっかりできているから、後は如何に応用力をつけるかだ。今回のトレーナーの指導はかなりトリッキーだけど、必ず力になると思う。がんばれよ」


 自分のことを考えてくれる大沢に感謝の気持ちでいっぱいになる。


「ありがとうございます。頑張ります」

「ああ、そうだ。ミナミ専属だからミナミの報酬からトレーナーフィーは控除になるからよろしくな」

「え……ええ!?」


(ちょっと……お金の話……せっかく感動してたのに……)


 ミナミは口を尖らせながら仕事に戻っていった。



 そして夕方。

 仕事を終えたミナミは、いつものように夕方の自主練のために更衣室で着替える。

 柔軟と基礎トレを終えると、1階のリングに降りる。


(……そういえば、トレーナーが付くとか言ってたけど、いつの話だったかしら?)


 その答えはすぐ目の前にあった。


「こんばんわ。あなたがミナミちゃんね?」


 トレーナーはゆっくりとミナミに近づく。


(う……うそ……なんで?……)


 女性としてはやや大きめの身長。

 肩幅が広くしっかりとした骨格。

 ぱっと見おとなしそうな美人だが、その瞳は氷点下の鋭さを秘めている。

 綺麗なロングヘアを後頭部で丸めたお団子ヘアー。


「あ……あ……アラタさん!?」


 そこにいたのは、ミナミの最大の憧れのレスラーだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る