第102話 その声は届いただろうか
「ここまでこれたのは、ミナミががんばって両立してくれたからだ」
大沢は小さくつぶやいた。
「選手としての苦労を知らない企画の社員がどれだけ改革を叫ぼうと、選手は納得しないから実現はできない」
「……それって……」
(解体される前のZWW時代のこと?大沢さんは……そのころからひとりで奮闘していたの?)
「逆に、100%選手だとやはり改革などできない。会社は誰も契約選手の話など聞いてくれないからだ」
ミナミは目を閉じてを思い出す。
泣きながらマスクをかぶったワカバのこと。
自分を押し殺してSJWの想い看板を背負って立ち向かったサクラのこと。
そして何も言わずにSJWを去っていったツツジのこと。
「選手と正社員を両立する。そして、そのどちらも手を抜かずにしっかりと取り組む。ミナミがそれをやったから、今回初めて改革は成立するんだ」
「……それって……」
「ミナミには感謝してもしきれない」
そんな評価をされていたとは、思いもよらない。
「だから自信を持て。ミナミならこの先もやり遂げられる。ここまで来たんだから。この先に狙うのはミナミ自身が設計する理想像だ。選手と正社員の両立しながら、方向を見定めるんだ」
大沢が何を言わんとしているのか、今ならよくわかる。
ミナミは、自分の選択が間違っていなかったと安心すると、体の力がふっと抜けるのを感じた。
(あ……私、大沢さんに寄りかかってる……)
この匂い。この温もり。離れられない。
「選手としては、より大変になるけど、ミナミが望むならさらに強くなれるように特別の手配を考える。だから、今日はゆっくり休んで、明日に備えればいい」
(特別な段取り?……そんなの、どうでもいいや。いま、この温もりが私のすべてなの……)
ミナミの瞼はゆっくりと閉じていく。
「大沢さん……」
「なんだ?」
(私、大沢さんが好きです)
「え?」
(……知らなかったでしょ?……私の声は……いつか届くのかしら……)
「大沢さんは……私のこと……」
そう言いかけて、ミナミは寝息を立て始める。
疲れと酔いで限界を迎えたようだ。
「……今は、とにかく君の夢をしっかりと成し遂げることに集中するといい。おれは、そのためにならどんな手も貸そう」
そのかすれた声は、ミナミに届いただろうか。
大沢はその肩を抱く力を少しだけ強めた。
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