第88話 両国のクリスマス

 ミナミは、約束通り橋本と居酒屋に来ていた。

 覆面ヒールの場合、試合会場近くの居酒屋で飲んでもばれないという利点がある。


「お疲れ様。いい試合だったんじゃないか?」

「ありがとう。でも、負けちゃったわ」

「惜しかったんでしょ?AIが事前に指摘していた指導内容も反映出来てたと思うよ。だから、点数もよかったでしょ」


 橋本はスマホで点数を見せる。

 さっき試合直後にディスプレイに表示されていたスコアリングサマリー版と同じ内容だ。


 ・技術    7点

 ・攻防    5点

 ・テンション 5点

 ・特別    6点

 合計    23点


 これまでは、特に攻防とテンションが低めだったが、だいぶ改善している。


「ねえ、AIシステムって、選手の指導にも使えるんじゃないかしら」

「いいね。試合ごとの評価レポートを選手に送るようにしてみようか」

「それ、絶対いいと思うわ。みんな喜ぶわよ」


 やがて、ほろ酔いになり店を出る。


「美味しかったわね」

「そうだな。ちょっと墨田川でも歩こうか」

「いいわね」


 少し遠回りだが、冷たい夜風でほろ酔いを少し冷ますのも悪くない。

 二人はしばらく、隅田川の夜景を見ながらゆっくり歩いた。


(やっぱり、クリスマスイブだから、カップルが多いわね)


 そう思いながら夜景を楽しむ。


 ふと、橋本が立ち止まった。


「ミナミ」

「ん?」

「これから、4月本格納入に向けて、おれたちはこれからもっと忙しくなると思う」

「そうね。よろしくね」


 ミナミが微笑む。


「それが終わったら……」

「……え?」


 ミナミも立ち止まった。

 橋本の方を見る。


「……いや、何でもない。このシステムの完成に向けて、がんばろうぜ」

「うん。これからもよろしくね」


 ミナミは満面の笑みを見せる。

 橋本も、笑顔で頷いた。


 改めて歩き出す二人の頭上には、ちらほらと雪が降り始めていた。

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