第86話 取締役会

 ミナミは、秋になると取締役会の開催を要求した。

 橋本の見積書が整ったからだ。


 開発費:1億5千万円

 運用費:年間5千万円


「……」


 全員が沈黙する。


「ここで、公正な評価をアピールできれば、スポーツとしての評価を得ることができて、1.5倍以上の売り上げを期待できます」


 だが1.5億円の投資は重い。

 まだ、これまでの借り入れの返済も終わっていない。

 

「銀行は何と言っている?」

「はい……担保が必要だと……」


 大沢は目を閉じる。

 3年前。ZWWが解散。選手たちが帰る場所が無くなった。

 SJWは選手の帰る場所を残すという意思を込めて、起業時に無理を押して空きビルを土地ごと買い取り本社とした。それを担保に入れる決断は簡単にはできない。


(それでも……理解してくれるはず。ふたりの理念を実現するためならば)


 ミナミは心の中で祈った。


「……条件がある」

「はい」

「従業員を2人増やす。それと、選手との契約金額、従業員の給与を上げる。それでもきちんと回収できること。それが条件だ」

「……大沢さん」


 少ない人数で、安月給で頑張ってきた。

 人を一番大事にしたいという大沢の気持ちを象徴した条件。

 AIの導入で利益を確保できるなら、選手や従業員に回したいという気持ちを聞き、ミナミは胸が熱くなった。


 ミナミはその場で表計算を修正してみんなに見せる。

 純利益は6千万円を超える予想。

 回収年数は2.6年。IRR110%。


 ついに、取締役会の許可を獲得した。


 その後は大忙しだった。

 

 SJWのマネジメントデータベースへのアクセス。

 週刊WWの蓄積データアクセス。

 蓄積されている動画とあわせてAI学習。


 橋本は技術的な作業はエンジニアに任せて、自身はプロトタイプのフィールドテストのために、二日に一度はSJWに顔を出した。

 ミナミと一緒に現場の選手や営業を巻き込んだテスト対応に奔走した。

 

 その裏で、橋本はベンチャーキャピタルたちとの交渉、そしてDD(デューデリジェンス)もやっているらしい。


 季節は移り、クリスマスが近づく頃。


「10億円の資金調達が整ったぞ」


 約10%分の優先株をベンチャーキャピタル計5社に発行し、10億円を出資してもらうことが決まった。ハシモトネットワークスの企業価値が約100億円と認められ、スポーツAI開発も本格化できるということだった。


「すごい。本当におめでとう、橋本君」


 そして満を持して、本格的なトライアルの実施がアナウンスされようとしていた。

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