第83話 冷汗

 数日後。

 ミナミは橋本をSJW本社に呼んだ。

 社長の大沢を口説くためだった。


「初めまして。ハシモトネットワークスの代表を務めています、橋本です」


 大沢は二人をソファに促す。


「噂はかねがね聞いています。東大の有名なAI研究所のメンバー出身のベンチャーは数多いけど、その中でもマルチモーダルLLMの開発をしていることが特徴でしたね」


 ミナミも橋本もびっくりした。

 そんな情報は大沢に入れていない。

 AIベンチャーやっている大学同期がいるので、話を聞いてほしいと言っただけだ。


「よくご存じですね。光栄です。それでは、あまり会社の説明はいらなさそうですね」


 橋本は早速、先日ミナミと会話した概要書の修正版を手渡す。

 そして、その説明を行った。


 大沢の理解度は極めて高かった。


「なるほど。リアルタイムスコアリングはそちらで開発という提案ですか。確かに、プロレス分野以外はSJWで使うことはありません。むしろ、他のスポーツにも広げられるならいいことでしょう」


 ミナミはほっとする。


(それにしても……なんでこんなに詳しいんだろう。やはり、最初からAIスコアリングが必要だと分かっていて、事前に自分で調べてくれてたのかもしれないわね)


 ミナミはそう思い当たると、合点が行き過ぎて苦笑いした。


「コストと条件が合うのであれば、SJWから正式に発注を出しましょう。それがスポーツテックAIスコアリングの需要を証明するエビデンスとして役立ち、御社の発展が描けるのであれば、ベンチャーキャピタルからの資金調達にも役立つでしょう」


 大沢の発言は的を得ている。

 いや、的を得すぎていると言った方が良い。


 橋本も驚いていた。

 橋本がベンチャー企業のCEOとして、何を考え、何を求めているのかを、完全に理解しているようだ。


(この人は奥が深い。SJWも事業がプロレスだから中小企業に見えるけど、実際起業して3年。ベンチャー企業そのものと変わらないのかもしれない……)


 株主構成も何も知らないから何とも言えないが、薄々そんなことを感じる橋本だった。


(これは、とんでもない男が相手になりそうだ)


 橋本の額から冷汗が流れ落ちた。


 その後、いくつかのやり取りを経て、要件定義に進むことが決定した。

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