第77話 高尾山には登れない

「ヒールを盛り上げたいんだって。イズミさんのTV効果が思いのほか大きくて動員数にも影響しているんだって」


 確かに、営業がそんな話をしているのを聞いたことがある。


「TV効果を最大限に使うのは今がチャンス、イズミさんチームが優勝しないとってことね」


 でもだからと言って、やらせをしてもいいというわけではない。


「私だって、初タイトル挑戦だから、やらせなんかしたくなかった……会社と揉めちゃってね。SJWに居辛くなっちゃった。だから、今大会を最後に移籍することにしたの」


 ミナミの脳みそをハンマーが横殴りする。


(移籍する!?どういう意味よ……)


 目の前がグラングラン揺れる。


「もちろん、移籍してもやらせ問題は変わらないだろうけどね」

「う、うそでしょ?」

「私ね、どうせなら最後の試合はミナミにフォールしてもらいたかったの」

「やめてよ……」

「だから、ミナミの新技を受けられて、嬉しかったのよ」

「私……こんなフォール勝ちなんかほしくなかった。優勝だって欲しくなかった。ツツジと楽しく試合したかっただけなのに……」

「うん。私も……でも、ごめんね」


 ツツジは涙を流しながら首を振る。

 そんなツツジを抱きしめるミナミ。


「移籍なんて言わないでよ。次こそ、次の大会こそ、本気でやろうよ。ずっと一緒にやろうよ」

「ごめんね。もう決めちゃった。だから、今日が最後なの」

 ツツジは、ミナミを突き放す。


「……待ってよ、そんなの嫌だ。一緒に最高の試合しようって言ったじゃない。高尾山に行こうって約束したじゃない」

「……高尾山には登れない。ミナミ、元気でね。ありがとう」


 そう言って、ツツジは走り出す。


「ツツジ……やだよ……」


 ミナミはショックで足が動かなかった。

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