第72話 ジャーマンスープレックス

 半月ほどたつと、ミナミの動きはかなり洗練されていた。


 特に、バックを取ってから投げるまでが素早い。


「モーグルはコブに合わせて1秒間に2回も3回も足腰の屈伸を繰り返すからね」


 速さを褒められ照れ笑いする。


「そういえば、トーナメント表見た?」

「あ、見た見た。私たち、決勝で当たる運命ね」


 普通に考えたら、ツツジはともかく絶賛ランキングびりのミナミが決勝に行くなど考えにくいが……


(でも、この子は非常識だしね)


 ツツジが苦笑いしながら提案する。


「二人ともに決勝に行けたら、その夜はお祝いする?」

「いいわね。どこに行く?」

「そうね。8月12日だからペルセウス座流星群が来る頃ね。高尾山の山頂で流れ星を見るってのはどう?」

「いいわね。私、流れ星に、決勝に行かせてってお祈りする」

「あのね。タッグ戦は終わってるわよ」

「あ……」


 こうして、馬鹿笑いした後。

 ミナミはまじめな顔で言った。


「何とか頑張る。決勝でツツジと戦いたい。いい試合しよう」

「負けないわよ」

「私も。どっちが勝っても恨みっこなしよ」


 二人はがっちりと抱き合うのだった。



 翌日。

 イズミが久々にSJWの朝練にやってきた。

 ミナミがリングに向かう。


「スパーリングお願いします」

「おう、かかってこいよ」


 周りの選手たちも、それぞれの練習を止めてリングに注目する。

 異常に投げ技練習をしていたミナミのことだ。


『無謀にも、あの巨体のイズミにも、投げ技をトライするんじゃなかろうか』


 そのような期待感がリングを取り囲んでいた。


 5分ほどたつと、お互いのエンジンは回転が上がる。


「何か、企んでんだろ?やってみろよ」


 イズミがふてぶてしく笑う。


「じゃあ、遠慮なく」


 さっとイズミの懐に潜り込むミナミ。

 右腕を掴んで投げるモーション。

 ツツジ直伝の一本背負いだ。


 さすがのイズミも一瞬ぎょっとするが、重心を後ろに移動させ踏みとどまる。


「なめんなよ?」


 そのままミナミを掴んで後ろに投げようとする。

 しかし、そこにミナミはもういない。


「!?」


 後ろ向きに踏ん張ったイズミのバックに回った刹那、電光石火でジャーマンスープレックスを放つ。


 イズミの視界が天井に向かう。


(まさか……)


 まるで、滑らかな時計の秒針のように、きれいな弧を描きイズミがマットに叩き付けられる。


 リングはどよめきに包まれた。


 イズミが苦笑いしながら起き上がる。


「しゃーねーな。約束は約束だもんな」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

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