第71話 重心

 翌日から、朝練でリングに上がれば投げ技、リングの横でもマット重ねて人形相手に投げ技、夕錬ではツツジを捕まえて投げ技を特訓している。

 選手の間で話題になっていた。


「ミナミ、何があったの?噂になってんだけど」

「ん、約束したんだ。イズミさんを投げるって」

「ええ?あのイズミさんを?」

「うん」


 ツツジはあきれて頭を抱える。


「あなたのことだから、何か理由があるんでしょうけど。でも、イズミさんを投げるなんて。足腰壊しかねないわよ……」


 そう言ってから、ツツジはぎょっとした。


 足腰といえば、ミナミの足腰は異常にしっかりしている。

 力強く地面を掴み、衝撃を吸収し、大きく跳ねつける脚力。

 その脚力を根っこから支える腰。

それを実現する驚異的ではつめちゃくちゃ柔軟な腹筋。


 よく考えたら、完全にスープレックス向きな肉体を備えている。


(たしか、モーグルで鍛えたとか……イズミさんはそれを知っていて、チャレンジさせている?)


 ツツジはニヤリと笑った。


「面白いじゃん。乗ってやろうじゃないの。私が手伝ってあげる」


 それからは二人で試行錯誤。

 ロープにしがみつくツツジをぶっこ抜く練習。

 人形二体を縛って倍の重さにして投げる練習。

 抜けるはずもないコーナーポスト相手に投げ技仕掛ける練習もしてみた。


「……ツツジ。やっぱり思うんだけど。ただ単に抜こうとしても、あの重量じゃ無理があるわ」

「確かにね。でも、諦めないんでしょ?」

「もちろん。あのね、ちょっと試したいことがあるの……」


 ミナミはツツジをリング中央に立たせる。


「例えば、前から一本背負いを仕掛けるの。踏ん張ってみて」

「誰に言ってるのよ。私の特技よ。投げれるもんならやってみなさいよ」


 ミナミは背負いのモーションに入る。

 ツツジは前に投げられないように踏ん張る。

 その瞬間、ミナミはさっと腕を離すとバックに回る。


「ほら。後ろ向きに体が流れてる。そこを……」


 バックを掴むときれいにブリッジ。

 ツツジが弧を描く。


「どう?これなら、重量級も投げられるかも」

「いててて、うん。いいと思うよ」


 ツツジは感心していた。

 柔道でも、背負いを見せて意識を前にさせてから、大外・小外刈りで後ろに倒すコンビネーションは基本の一つだ。


 ミナミは、格闘経験がないのに、自分の考えで重心の流れを利用し始めている。


(これはひょっとすると……ひょっとするかもね)


 ツツジの胸は高鳴っていた。


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