第61話 どん底

 サクラはSJWの控え室には戻らず、OWPの控え室に向かう。


「ついてくんな」


 そう言われ、SJWの選手たちは、その場にとどまる。


 ふらふらと一人で歩くサクラ。

 ミナミは、その横にそっとついた。


「ミナミか」

「はい」

「……最悪だ。やっちまった」


 やがて、タンカが運ばれてきた。

 渋谷がサクラに視線を向ける。


「ごめん……足の踏ん張りが効かなかった」


 サクラが渋谷に頭を下げる。

 渋谷は苦しそうにしながらも笑顔を作って答えた。


「何言ってるのよ。受け身をとれなかった私が未熟だったんだから。だから、気にしないで」


 しかし、渋谷が言うほど事態は甘くない。

 OWPの他の選手は、トップ選手をケガさせた張本人に対し冷たい視線をぶつける。

 技をかける方のミスは厳禁なのだ。

 落とし方が悪いと、最悪取り返しのつかない事故になりかねない。


 結局、渋谷はこのまま救急車で病院に運ばれることになった。


 サクラは、壁をどすんと叩いた。


「……一人にしてくれ」


 ミナミはこくんと頷くと、ゆっくりとその場を離れる。

 そして、選手の控え室ではなく、運営控え室に向った。


(なんで、こんなことに……やはり、強引な営業戦略が裏目に出たとしか思えない)


 批判をしたいのか。

 それとも一緒に現実の厳しさを慰め合いたかったのか。


 自分の気持ちの整理もできないまま、運営控室の扉を叩いた。

 予想通り、大沢はそこに一人で壁に向かって座っていた。


「ミナミか」

「はい……」


 大沢の姿が小さく見える。


「おれは今日の日を絶対に忘れない」


 無理やり火をつけた過度な対抗ムード。

 限界を超えた使命感と緊張感。

 その中で迎えてしまった悲劇。


「選手に無理をさせすぎて、結果として怪我させてしまうなんてことは絶対にあってはならないことだ……社長として、絶対に避けなければいけないことだった」


 常々、大沢は選手の健康と安全を第一に掲げてきた。

 その考えに団体の垣根はない。

 にも関わらず、今日はついにけが人を出してしまった。しかも対抗戦相手のトップ選手だ。


「おれは、必ず今日のようなことが起こらないプロレスの世界を作る……」


 痛いほど、辛い気持ちがわかる。


(その気持ちに嘘偽りは無いんだわ)


 ミナミは大沢に近づいた。

 ミナミはその背中に手を触れそうになる。

 その肩を抱きしめてあげたい気持ちになるが踏みとどまる。


 いつもクールで、自信満々の姿しか見てこなかった。

 背中と肩が重く沈んでいる大沢を見るのは初めてだった。

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