第56話 封印の原因
「あ、あの、えっと、ち、違うんです。これは……」
誰も来ないと信じて確信犯でムーンサルトプレスの練習をしていたのだから、弁明の余地もない。
「まったく、何やってるんだか……」
「……ごめんなさい……」
大沢はあきれ顔。
そして、ため息をひとつ吐く。
「……ミナミが空中技が得意だということも、ムーンサルトに憧れているということもわかっている」
つかつかとリングに近づく。
「……でも、イズミとコンビを組んだんだろ?まずは、そこから学んだらどうだ?」
「え?どういうことですか?」
話の流れがつかめずにリングの上でオロオロする。
大沢はリングに上がった。
「イズミの得意技は?」
「え、と……ギロチンドロップです」
前回のタッグ戦でのフィニッシュホールドでもある。
「そうだ」
大沢は、突如人形に向かって足を延ばし、人形ののど元に太ももの裏を打ち付けるように落下する。
「ギロチンドロップは、膝への負担が少ない」
それを聞いて、ミナミはハッと目を見開いた。
「空中技は選手生命を削る。だから、順を追って体と技術を育てていかないといけない。わかるな?」
「……はい」
ムーンサルトのようなバク宙系は頭を支点に回転するので、膝がマットに打ち付けられる。
これは、選手の膝を痛める原因の一つになっている。
実際、この技を使う有名選手たちの何人もが膝の手術を余儀なくされており、引退に追い込まれるケースも多発している。
(大沢さん、私の体を気遣って封印を指示してくれていたんだ……それに比べて、私の考えの浅はかなこと……情けない)
ミナミは安易にコッソリ練習していたことを恥じた。
穴があったら入りたい。
「明日から仕事も練習も再開だ。今日はほどほどにしてゆっくり休めよ」
「……はい……」
そして、階段に向かいながら。
「……おれも、そろそろあがるから、どこかで食事でもしていくか?奢るぞ」
「え?……いいんですか?」
鼓動が一気に高まる。
満面の表情。
(初めて、大沢さんに誘われた。しかも、二人きりのディナー!?)
さっき怒られたことなど、すっかり忘れているようだ。
「ファミレスくらいしか開いていないと思うけど、それでもよければ」
「行きます、行きます。すぐに着替えてきます」
慌ててリングを片付け始める。
それをみて、大沢はふっと笑いながら階段を上っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます