第十一章 対抗戦 <入社2年目冬>

第55話 極寒トレーニング

 SJWにとって最も大きな興行であるクリスマス大会も、QoRの10名全員参戦による豪華なカードが組まれ、大盛況で幕を閉じた。


 そして、SJWは年末年始にかけて2週間のオフシーズンを迎える。

 会社の方も長期休業。

 選手も社員も羽を伸ばす唯一のタイミングだった。


(どうしようか……)


 ツツジもゼミ仲間も帰郷していて、一緒に遊んではくれない。


(私は、親に反対してプロレス団体に入ったから、実家には帰りづらいのよね……)


 かといって、プロレス以外にできることといえば、スキーくらいだ。

 モーグルに転向してからホームゲレンデとなった八海山スキー場に、日帰りで行こうと思えば行けるけど、新幹線で往復1万3千円。

 リフト代、レンタルや食費を考えると2万円をはるかに超える。


(うー、さぶさぶ。ないわ、ないない)


 気温も寒いが財布の中身も寒い。


 こうして、結局本社に来てしまうミナミだった。


 スマホでスマートロックを一時開錠し中に入る。

 二階のジムでマシントレーニングで筋トレ。

 流石に暖房をつけるのは気が憚れる。

 吐く息が白い。


 ランニングマシンで無我夢中に走る。


 走りながら今年の出来事を思い返していた。


(色々あったけど、私、プロレスラーになりました)


 ここまで支えてくれたのは……


「ピッピッピッピッ」


 マシンが設定距離を走破したと教えてくれる。

 スローダウン。


 ミナミの体から、湯気が立っている。

 室温は外と変わらないので、0度に近いはず。


 1階に降りると、リングに上がる。


 ひたすら、受け身の練習と人形相手の技練習。


 とはいえ、正月三が日ずっとひとりで練習していると、さすがのミナミも飽きてくる。


(刺激が必要なのよね)


 クッションマットをリングに放り込む。

 その上に、練習用のダミー人形を寝かせる。


「よし」


 ひとりで頷くと、トップロープに飛び乗る。


(大沢さんに止められてからは、久しぶりの空中技の練習ね)


 胸の鼓動が大きく高鳴る。

 これは……尋常じゃない高鳴りだ。


 久しぶりだから?

 いや、違う。


 おそらく、だめだと言われているのに、その約束をコッソリ破ること。

 そして、それが恐ろしいほどに快感であること。


 身体に力を入れる。


 トップロープから背面方向にバク宙しながらリング中央に向かって円弧を描きつつ飛びだす。

 そして、ダミー人形の上にドスンと体を浴びせる。


(なかなか、いい感じね)


 そう思った次の瞬間。

 ミナミの全身が凍り付く。


 いつの間にか、リングサイドに大沢が立っていた。

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