第54話 レジェンド

「18時から予約を取った。練習するぞ。いいな?」

「は、はい。よろこんで」


(あのイズミさんと練習できる。しかも2時間も?なんて恵まれた提案……)


 ミナミは素直に喜んだ。

 しかし、とんでもない。

 練習なんて甘いものではなかった。


(この人、アキラさんやサクラさん以上のバケモンだ……)


 やはり往年のスターの実力は伊達ではなかった。

 

 まず、体重が違う。サクラよりさらに重くて技を出すのも受けるのもしんどい。

 そして意外と素早く動くし飛ぶ。

 最初にトップロープからのギロチンドロップを受けたとき、ミナミは完全に気を失ってしまったくらいだ。


 そして、数日後。

 朝練後の更衣室で……


「ミナミ、水着は決まったか?」


 ベテランは試合用コスチュームのことを水着と呼ぶ。


「まだです」


 本来は自分で用意する必要がある。

 いつまでもジャージで試合するわけにはいかない。


「おれが用意してやったから合わせてみろ」

「え?本当ですか?ありがとうございます」


 でも、採寸もしてないのに……と不思議がっているミナミに手渡されたのは、GTHと印刷された黒いTシャツとショートデニムだった。


「え?これって……」


(普通、水着という愛称の通りビキニやワンピースが主流なのに……)


 普段からおしゃれの一つもせず毎日ジャージで通勤しているミナミとはいえ、水着タイプにあこがれを持っていたので、少し落胆している。


 そこに、サクラがやってくる。


「ミナミは迫力に欠けるからこれくらいの方が良いかもな」

「だろ?細い線も少しは太く見えるだろ。どうだ?ミナミ」


(もう……どうにでもして……)


 ミナミは苦笑しながら答えた。


「はい。とても強そうですよね。ありがとうございます」


 こうして、ミナミはついにプロとしての第二戦を迎えた。

 

 まだまだ実践不足のミナミ。

 やはり捕まって集中攻撃を受ける。

 それでも、なんとかフォールを2つで返し続ける。


 そして、一瞬の油断をついてスープレックスで相手を投げる。

 その隙に何とかイズミにタッチ。


 その後のイズミは圧巻だった。

 相手の一人を場外に叩きだし、もう一人を集中攻撃でダウンさせる。

 最後はトップロープからのギロチンドロップ。

 勝負を決めた。


 リング上で、イズミに右手を挙げられるミナミ。

 観客が勝利を讃えてくれる。


「お前が最後まで踏ん張ったおかげだ。胸を張れ」


 まだまだ、ふがいない内容だが、それでもミナミにとっての初勝利。

 胸いっぱいでイズミにお礼を言うミナミだった。

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