第46話 デビュー戦

「青コーナー。謎の刺客、新人サザン、入場」


 まだ第一試合だが、8割ほどの観客。

 リングサイドには、ゼミの仲間も見に来てくれている。


 拍手はまばらだが、がんばれよーと優しい声援も飛んでくる。


『お前はヒールだ、くれぐれもお辞儀して回るようなパフォーマンスはするなよ』


 サクラの言葉を受け、ふてぶてしく右腕を挙げることで観客に応える。

 その新人らしからぬ度胸に、観客も興味を示し始めた。


 そして、ツツジが入場する。

 デビューして1年半の堂々たる姿。

 コスチュームも鮮やかな水着スタイル。

 対するミナミは新人らしくSJW選手ジャージ。


 運命のゴングが鳴った。


 普段から散々スパーリングしている仲だ。

 技と技がうまくかみ合っている。


 そして、ミナミの動きがかなり良い。

 半年以上トップレスラー二人にしごかれた成果だ。

 普通の新人のデビュー戦とは全く違う次元の試合が繰り広げられる。


「なんかこれ、すごくねえか?」

「デビュー戦と思えねぇ」

「第4試合くらいのレベルじゃん?」

「マスクの下、実は新人じゃないんじゃねえの?」


 観客を惹き込んでいく二人。


 しかし、徐々に力の差が出始める。

 一緒に練習していたからと言って、1年半の実戦の差は大きい。


 持てる技を使い切り動きが鈍くなったミナミに対し、ツツジが投げ技を決めていく。


 得意の一本背負い!


 それをこらえたミナミは、そのままバックを取ってジャーマンスープレックス。

 上手い返しだったが、ツツジはカウント3を許さない。


 もう一度、ツツジの後ろに回る。


『バックに回るときは腕を確保しろ』


 ふいにサクラに言われた言葉を思い出す。


(そうだった)


 やばいと思った瞬間、ツツジがミナミの腕を取り、ついに渾身の一本背負いを食らってしまう。


「ぐわっ」


 目の前が真っ暗だ。

 体が動かない。

 天井が見える。


「……スリー」


 レフェリーの声が聞こえる。


(……負けた)


 ミナミは茫然とした。

 負けて、くやしいのか?悲しいのか?


 そのとき、ツツジがミナミを起こす。


「さすがミナミ。いいデビュー戦だったわね。ほら、観客を見てごらん」


 ミナミは、立ち上がる。

 ツツジが、健闘を讃えてミナミの右腕を高々と上げる。

 その瞬間、観客は大きな歓声を上げた。


「よくやったな」

「いい動きだったぞ」

「次も楽しみにしてるぞ」


 ミナミの胸に、安堵がこみあげてきた。


(よかった。私、しっかりとデビュー戦、できたのね)


 そして、観客に向かって深々とお辞儀をしたのだった。

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