第九章 デビュー戦 <入社2年目秋>
第42話 プロ選手として
合格の翌日。
大沢はミナミを社長室に呼んだ。
言い伝えることがあったからだ。
練習生とプロテストに合格した若手とでは違うことが多い。
興行の準備や設営、運営の手伝い、先輩の試合中はセコンドもすることになる。
ミナミは社員との兼業ということもあり、地方興行への随行は免除され、その代わり関東近辺の興行では人一倍下働きをすることとなった。
それとあわせて、大沢社長から言われたことは二つ。
「空中技は暫くは禁止だ」
「え?そうなんですか?」
しゅんとするミナミ。
一番得意としているのは空中技だ。
そもそも、ムーンサルトプレスをみてプロレス入りを決め、モーグルのエアで空中感覚を磨いてきた経緯がある。
とはいえ、ツツジとの自主練で(誰も見ていないから)コッソリ練習していただけで、本来練習生の空中技練習は禁じられていた。
(ついに解禁だと思ったのに……)
それを見て大沢は、やはりそうか、と苦笑する。
「禁止の理由、わかるか?」
「……若手にはまだ危険な技だから、でしょうか」
「それもあるけどね。まあ、じっくりと考えればいい。自分で、答えを見つけることが大事だ」
大沢は簡単には教えてくれそうもない。
(いけず……でも、いいわ。私のためになると考えてくれているはず。大沢社長が言うことは信じるって決めたもの)
ワカバの一件で、最初は崩れ始めた大沢への信頼感が、今はあの時以上になっていた。
「あと、もう一つ。今後はおれのことを社長とは呼ばないように」
「……え?どういうことですか?」
社長を、辞めるのか?いや、そんな話は聞いたことがない。
「おれは、選手たちには社長とは呼ばないように言っている。一緒に団体を盛り上げる仲間だと考えているからだ。ミナミはプロの選手になった。だから、これからは社長とは言わないように」
大沢はちょっと照れ臭そうに言い放った。
(そんなルール、あったかしら?そもそも、正社員の立場は変わっていない。なのに、社長って呼ばなくてもいいのかしら?でも、まあ、そういうなら……そういってくれるのなら……)
「わかりました。大沢社長……大沢……さん?」
そう呼んでみると異常にドキドキする。
なぜだろう。
なんだか入社したころの新鮮な気持ちを思い出す。
「ああ、それでいい。じゃあ、よろしく頼むぞ」
「はい。大沢社……大沢、さん」
ぎこちないけど、悪くない。
ミナミが一礼して社長室から立ち去ろうとしたところ、もう一つと呼び止められた。
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