第40話 エビフライ定食

「わ、ワカバちゃん?」


 ワカバがドアを閉めると、険しい表情で入ってくる。


「こんな時間に、ど、どうしたのかしら?」


 ミナミは視線をそらしながら、しどろもどろ。


 理由は想像できる。

 言いにくかったから、ずっと言えなかったことだ。


「ミナミさん、どういうことですか?私の代わりに、覆面ヒールになるんですか?」


 ワカバは怒っているのか悲しんでいるのか、かわいい顔が台無しの表情だ。


「そういうわけじゃないんだけどね……」

「嘘です。だって、本当なら私が覆面続けていたはずだもの。それを、ミナミさんが身代わりなんて、そんなの嫌です……」


 ミナミは覚悟を決めて、ワカバに向き合った。


「ワカバちゃん、確かに最初はそんな気持ちもあったかもしれないわ。でもね、イズミさんたちが入ってきてヒールチームは盛り返してきているし、興行の調子も良くなってきている。本当はね、私がヒールになる必要なんてないのかもしれない」

「じゃあ、なんで……」


 ワカバは涙目だ。


「大沢社長はね、私のためになるはずだからヒールをやってみろって言ったの。団体の都合ではなく、私のためってね。多分、何か学ぶことがあるんだと思うの」

「学ぶこと……」

「ワカバちゃんも、ヒールをやってみて、いろいろ学べたんじゃないのかな。もしかしたら、それも大沢社長の配慮なのかもしれないってね。ちょっと大げさかもしれないけど」


 ワカバはうつむいて黙ってしまった。


「だから気にしないでね。むしろ、ヒールで学んだこととか、ヒールの振舞い方とか心構えとか。一杯教えてほしいんだ」

「……本当ですか?」

「ええ。プロテストに受かったら、レクチャーしてね」

「……はい、わかりました」


 ワカバに笑顔が戻る。

 ミナミも優しく微笑む。


「はいはい、じゃあ、三人で飯食べに行こうよ。腹減ったわ」


 ツツジが良いタイミングでカットインする。


「もう、いい話が台無しじゃない。でもまあ、行こうか。何食べる?」

「やっぱとんかつでしょ。ゲン担ぎで」

「いいわね。私ヒレカツ定食にするわ」

「私はロースかつ定食だな。ワカバは?」


 ワカバは可愛らしい笑顔で答えた。


「あ、私、エビフライで」

「……それ、とんかつじゃないし。ゲン担がれてないし」

「……エビフライって、おこちゃまか?」

「ミナミさん、ツツジさん、ひどい……」


 こうして、三人は八王子の郊外へ食事に出ていった。








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