第5話 ドロップキック
「ミナミ、待ってたぞー」
「ごめーん。ちょっと税理士さんとの打ち合わせしてて……」
正社員になると日中には練習できない。
夕方には選手たちは帰ってしまっているが、同期のツツジだけは残って練習に付き合ってくれる。
特に苦手な打撃やスパーリングは相手がいないとどうしようもないので、感謝が絶えない。
柔軟体操を終えると、リングに上がる。
腕の取り合い。
背後の取り合い。
そして、関節技や投げ技、飛び技につないでいく。
プロデビュー間近のツツジは気合が入っている。
柔道出身者だから投げ技が得意だ。
ミナミはモーグルで鍛えた脚力と跳躍力による華麗なドロップキックで応酬する。
やがて、2時間の練習を終え、2階の更衣室でシャワーを浴びると、スポーツドリンクを手にベンチに座り雑談タイム。
「ミナミは本当に受け身がうまいね」
「ははは。モーグルで何千回と雪の上で転がってたからかしら」
受け身と飛び技ばかりじゃだめだと自覚しているから苦笑が出てしまう。
「税理士さんって、あのかっこいい人?」
「あー、うん。たぶんそう」
「いいなぁ。私もイケメンと会議したい」
「そんなんじゃないわ。お仕事よ?」
「ふーん……ま、ミナミはあの人一筋だもんね」
ツツジはいぶかしげに横目でミナミを見てニヤリと笑う。
「ちょっと、何よ。どういう意味?」
「ミナミの視線はいつも大沢さんを追ってるもんね。大沢さんと会話できた日はスパーリングも調子いいみたいだし」
それを聞いて、ミナミは真っ赤になった。
「ちょ、ちょっと、なに言ってんのよ。そんなこと、全然ないから」
「まあまあ、毎日付き合ってればわかるわよ。今日だって、ドロップキックの高さも打点が高いもの」
「ち、違うから。本当に止めてよね……以前お世話になったことがあるっていうだけよ。多分、大沢社長は忘れていると思うけどね」
ミナミは慌ててスポーツドリンクを飲み干す。
「ふーん……告白してみたら?」
「ちょっと。よしてよ。だから違うんだってば。それに相手は社長よ?私みたいなお子ちゃまの新入社員を相手するわけないでしょ。はい、この話はおしまい」
(まったく……ツツジったら)
しかし、実際に社長の隣に並んでいるところを想像してみる。
(……30才でカッコよくて社長。やっぱり、背の高い細身の美人の女性みたいなのがお似合いだろうなぁ。私じゃあ釣り合わないわ。無理無理……)
ミナミは勝手にひとりで想像して、勝手にひとりで落ち込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます