第33話 後楽園ホール

 中央線、総武線を乗り継いで水道橋駅へ。

 後楽園ドームの手前左側に後楽園ホールがある。


 ミナミは、主催者パスを見せて4階の控室に入る。

 SJWの中堅選手たちが控えていた。


「あらミナミちゃん、珍しいわね。今日は観戦?」

「はい。あの、第三試合は始まってますか?」

「ちょうど今盛り上がっているところよ」

「ありがとうございます」


 急いでSJWのロゴが入った練習用トレーナーを羽織ると控室を飛び出す。


(何とか間に合いそうだ)


 5階のメインホールに入ると大きな歓声。


 ミナミはリングへ向かって歩き出す。

 警備員はトレーナーと主催者パスを見て道を開ける。


 試合は佳境だった。


 ワカバが未だに慣れないヒール攻撃。

 ぎこちない動作でパイプ椅子を先輩に打ち下ろす。

 場内からはブーイングの嵐だ。


 得意のフランケンシュタイナーでフィニッシュを狙うが、フォールは返されてしまい、逆に相手の必殺技を受けてしまう。

 カウント3。

 勝負は決した。


 リング中央で動けないワカバ。

 ミナミは、たまらずリングに駆け上がる。


「ワカバちゃん。大丈夫?」


 失神間際のワカバは、覆面の下で朦朧とした目でミナミを見つめた。


「……ミナミさん?」

「ワカバちゃん、今までよく頑張ったね。やっと、社長の許可をもらってきたよ」

「え?」

「ワカバちゃんがヒールをやめるって許可」

「……うそ?」


 条件は二つ。

 M&Aの成立とミナミがヒールになること。


(これでいいんだ)


 ミナミは覚悟を決めていた。


「本当よ。だから、ヒールやめたかったらマスク脱いでいいんだよ」


 優しく微笑むと、ワカバはマスクの下でボロボロと涙を流した。


「はい、脱ぎたいです……」


 ミナミはワカバの半身を起こすと、後ろに回りゆっくりとマスクの紐をほどいていく。


 試合後のリング上で何か異変が起きている。

 気付き始めた観客たちがザワザワし始めていた。


 マスクを外す。


 その行為は、ワカバをヒールから戻すだけでなく、ミナミ自身が社長との約束を守りヒールになることを受け入れる意思表示でもある。


 夏休み大会だ。大勢の観客、カメラも回っていてリアルタイム動画配信もされている。後戻りはできない。


「はい、マスク外れたわ」


 これ以上にないほどにかわいい、涙に濡れたアイドル顔があらわになった。

 マスクをワカバに手渡し、そして強く抱きしめる。


「今まで、よく頑張ったね」

「……ミナミさん、ありがとう」


 二人は観客に一礼するとリングを後にした。

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