第32話 買収決議

 そこから1か月。


 ミナミは鬼のような働きを見せた。


 QoRの株主に、『意向表明書』という書面をもって、買収条件案を提示。

 交渉を経て最終的に買収価額は4千万円。


 買収に向けてDD(デューデリジェンスと呼ばれる対象企業の会社調査)や契約交渉、行政諸手続きのために弁護士・会計士を雇う費用8百万円。

 さらに、M&A仲介への手数料5%(2百万円)を含めると、合計の買収費用は5千万円となる。


 DDでは自ら弁護士・会計士を連れて新宿のQoRシェアオフィスに乗り込み、イズミから様々な情報を提供してもらいながら分析を進めた。


 そして、契約交渉。

 その裏では、こっそりとタマちゃんのサポートが支えている。ところどころでアドバイスを耳打ちしてくれた。


 約1か月後の7月下旬。


 ついにDDは完了。そして、契約条件も合意を見た。

 あとは、社内手続きとして、取締役会で決定することで概ね決着する。


「株式譲渡契約へのご承認をお願いします」


 大沢が質問する。


「資金はどうだ?」

「ギリギリですが、春にDXのために5千万円借りているので、手持ち資金でやりくりしたいと思います」


 代田も補足する。


「GW大会が好調だったから、資金繰りは何とかなりそうよ」


 大沢はゆっくりと頷く。


「それは良かった。で、今後のスケジュールは?」


 ミナミは恐る恐る答える。


「弁護士によると、たぶん8月末とのことです」

「ずいぶん先の話だな」


今は7月末。1か月以上かかるということだ。

 

「はい、実は選手契約と選手とスポンサーとの契約の関係がいくつか複雑でして、契約の整理と移管に少し時間がかかりそうです……」

「なるほど。まあ、確かにあそこは選手の個人による契約も多そうだからな」


 大沢に遅いと叱咤されるかと思っていたが、意外にもすんなり受け入れられた。


「夏休み大会はSJWの毎年のビッグイベントだからそれなりの集客も期待できるが、その後の秋シーズンは例年苦戦する。であればちょうど夏の終わりだ。盛大なQoR統合発表を考えてみよう。秋の売り上げも延ばせるかもしれない」

「なるほど、そういう考え方もあるんですね」

「ものは考えようだ。よし、じゃあ、これで取締役会決議としよう」


 こうして、ミナミはついに買収実行の確約を果たした。


 だが、喜んでいる暇はなかった。


 ありがとうございます、とお礼を言うと、思いつめた表情で、行くところがあるといい残して、慌ただしく本社を後にした。

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