第31話 条件

「私が担当してM&Aを成立できたら、ワカバちゃんのヒール転向を撤回してください」


 ミナミは大沢から視線を外さずに要求した。


「その理由は?」

「QoRはイズミさん筆頭に何人かのベテランヒールを有しています。それならば、ワカバちゃんにヒールを強要する必要はないはずです」


 社長室に殴り込んでからぎこちない雰囲気が続いていたが、今日は霧が晴れたようにしっかりとした表情で主張するミナミ。

 それを受け、大沢は小さく頷く。


「なるほど。理屈は通る。わかった、ワカバの件は撤回してもいいよ」

「本当ですか?」

「ただし、こちらからも二つの条件がある」


 まさかの逆条件。

 ミナミは唾をごくりと飲み込んだ。嫌な予感しかしない。


「次でプロ合格すること。できなければ社員に専念すること」


 いきなり高めのストレート。


(つまり……プロレスラーになる最後のチャンスってこと?)


 ミナミは一瞬ひるんだが、すぐに決意を取り戻す。


(そもそも、次が最終チャンスと思ってやってきた。受けて立とう)


 ミナミは、真剣な表情で頷いた。


「もう一つの条件は、ミナミが覆面ヒールレスラーになること」

「ええ!?」


 二つ目の要求は完全に予想外だった。

 自分がヒール宣告されるとは……さすがに反論するミナミ。


「でも……QoRが買収できるのに、なぜ私もヒールをやらなきゃいけないんですか?」


 大沢は以前から決めていたようにいつもと同じ口調で答える。


「QoRのヒールは一時的には助けになるが、すでにベテランでほとんどが第一線からは退いているし試合数も少ない。今後のSJWを担う人材にはならない。そうなると、やはり若手のヒールは必要だろう?」

「うっ……」


 確かに。ベテランに頼り人材を育てないと、SJWの未来はない。


「というのは建前だ。本音は違う」

「え?」

「ミナミの場合、本当にプロレスラーになりたいなら、ヒールから始めた方がよい。おれがそう確信しているからだ」

「……大沢社長の、ご判断?」

「ああ。それがミナミのためになると考えている」


(SJWのため……ではなく、私のため?)


 大沢の意図が呑み込めない。


「理由を教えてください」

「それは自分でつかんでほしいから、おれの口からは言わない。だから、これを受けるかどうかはミナミが決めればいい。まだ時間はある。プロテストまでに考えておいてくれ」


 こうして、ミナミは新たな大きな問題を抱えながら、社長室を後にした。

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