第27話 不安

「不安に感じてていいんじゃないか?」


 イズミは豪快な笑みを浮かべて豪語した。


「……そう、ですか?」

「ああ。おれだって、QoR立ち上げたときは不安で仕方がなかった。でも、ベテラン勢をバラバラにするわけにはいかない。死に物狂いでなんとかここまでやってきたさ」


 グッとこぶしを握って見せる。


「普通の状況なら両立なんてできるわけがない。不安にすら感じずに諦める。でもね……ここぞというときは不可能ではない。今、不安なんだろ?それは、やりたいと感じている。そしてやればできるって思っているってことさ」


 それを聞いてミナミははっと目が覚めたような気分になった。


(そっか……私は、心の底ではもう覚悟を決めているんだわ)


 ミナミは胸に手を当てた。

 胸から熱い熱量があふれ出始めた気がする。


「自分を信じなよ。あの大沢が経営に関与させるほどに期待した新人なんだろ。期待した理由があるはずだぜ」

「はい。私、頑張ります」


 こうして、イズミとの情報交換を終えて、席を立つミナミ。


 本当は、もう一つ聞きたいことがある。


「あ、あの……」

「ん?まだ何か?」

「……いえ、何でもないです。今後ともよろしくお願いします」


 ミナミは、結局何も言えずに頭を下げてシェアオフィスを出た。


 春のビル風が舞う青梅街道を、新宿駅に向かって歩く。


 小学校のころ、長岡で見た女子レスラー『アラタ』のムーンサルトプレス。

 もう引退してしまったけど、未だにあこがれている。

 イズミなら近況を知っているのではないだろうか。


 でも、聞けなかった。


 今回の件と関係ないし、それにやはりあの思い出は誰にも言いたくない。

 言ってしまったら自分の原点が穢れてしまう気がしたのだった。

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