第25話 IM

 顧問弁護士とも連絡を取り、5月末にはQoRと秘密保持契約を締結。

 すると、M&A仲介の山田は、早速100頁超の資料を大沢宛に送ってきた。


「対象会社の財務や労務、契約などの重要な情報が全部入っているパッケージだ。IM(インフォメーション・メモランダム)というらしい」


 大沢からそれらを受け取るミナミ。


 M&Aは大学で習った。

 でも、教科書レベルの話だ。

 本物のIMなど初めて目にする。


 会社情報や財務情報などが細かく記載されていた。


 自社の資産はほとんどない。練習や興行もほとんど選手任せ。マスメディア収益や他の団体からの参戦オファーなどのプロデュースがメインだ。


(同じ女子プロレス団体なのに全然違うビジネスモデルね。芸能事務所に近い感じかしら)


 法人としてのQoRは、イズミを代表取締役とした株式会社になっている。

 その株式を株主企業から譲渡を受ける想定だ。


 でも、株式会社QoRには資産はほぼなく、負債を考慮すると純資産はほぼゼロ。


(実質的には、QoRブランドとレジェント選手契約を引き受けるということかな)


 余分な資産はないことは、選手不足のSJWにとっては良い話になるかもしれない。


 でも、今のタイミングはミナミにとってはきつい。


 せっかく、アキラやサクラが朝練までして鍛えてくれている。

 次のプロテストは絶対に合格したい。

 DX改革にのめりこんで練習できなかったときの二の舞は回避したい。


(……両立できるのだろうか……)


 ミナミの心の中を不安が渦巻き始めていた。

 そんなミナミを見て、大沢が一つの提案をした。


「一度、対象会社の代表、イズミに会ってみたらどうだ?」


 ミナミは驚きを隠さなかった。


「え!?いきなり、相手さんに会うんですか?」

「ああ。ふつうは売り手の株主と面談するのが普通だけどな。今回うちを指名してきたのはイズミだし、何よりM&Aが実現したらうちにくることになる。面談を申し込んでもおかしい流れじゃないさ」


 大沢はクールに答える。

 確かにその通り。


(……でも、なんでこんなにM&Aに詳しいのかしら。やはり、社長も少しは経営者の自覚があるのかしら?)


 失礼なことを考えつつも提案に乗るミナミ。


「はい、イズミさんに面談を申し込んでみます」

「ああ。会いに行くのなら、会社の経営者と選手の両立についても、聞いてみるといい」


 大沢は、少し優しい表情で笑みを作ると、そのまま社長室に戻っていった。

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