第六章 M&A検討 <入社2年目春>
第22話 特訓
GWが終わり5月の半ばに入ると、「早朝に練習リングに行けばトップレスラーのアキラとサクラに稽古をつけてもらえるらしい」という噂が選手たちに広がり、若手を中心に朝練参加者が増えていった。
「全く。昼に練習できないミナミの特訓が最優先なんだからな?」
サクラは呆れながら集まった若手に釘を刺す。
「はーい。でも、ミナミちゃん、倒れちゃってますよ?」
そのとき、ミナミはリング中央で仰向けに転がってピクピクしていた。
(き、きつい。このスパーリング、濃すぎ……)
目が開かない。
言葉が出ない。
体全体で息をしないと、窒息しちゃいそうだ。
「おいおい。お前のためのボーナスタイムなんだぞ。しっかり満喫しろよな」
そう言ってミナミを引き起こすと、逆のコーナーに向けてミナミを走らせる。
足がこんがらがって転ぶ直前。
ミナミを両腕で抱えたのはアキラだった。
「あらあら、捕まったら投げられるわよ?」
次の刹那、優しくおっとりとした口調には似合わない超高速のフロントスープレックスがミナミをマットに打ち付ける。
「ぐえっ」
視界が回って足もフラフラだ。
「間合いをしっかり見極めて。私の間合いに入る直前に撹乱しないとすぐに捕まえるわよ」
「は、はい」
(ま、間合い?ここら辺で突っ込めばいいんじゃ……)
「そんなんじゃ、遅いわよ」
電光石火の速さでバックに回るアキラ。
ミナミは全身から脂汗を噴出した。
(バックで腕を取られた?やばい、背負われる!)
そう思ったときには、すでにアキラの体は前屈を始めていて、ミナミの体は問答無用で大きな弧を描いて回転させられる。
アキラの必殺技、逆一本背負いだ。
(逃れられない!)
ミナミは遠心力に逆らわず、むしろその方向に全身を放り出した。
(モーグルでコブに弾かれたとき、無理してモーメントに逆らうと大きな怪我をするのと一緒だ。受け流さなきゃ……)
回転方向に飛び出すことで回転過剰な状態を作り出し、顔面からマットに落ちる。
「ふぎゃっ!」
周りで見ている若手たちがプッと吹き出した。
でも、リング上の二人は笑っていない。
日本トップレベルのアキラの逆一本背負いだ。大抵の選手なら脳天から垂直に近い危険な角度でマットに叩きつけられるはず。だからこその必殺技だ。
それが、プロデビューもしていない、意識朦朧な練習生が見事に受け流した。
どんなに恐るべき事件か。
(やっぱり面白い素材ね)
アキラとサクラは、目を見合わせると満足そうに微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます