第19話 抗争

「大沢社長。質問があります」


 大沢は怪訝な表情。


「ワカバちゃんから、ヒール転向と聞きました」


 それを聞いて、大沢は表情を曇らせた。


(……その顔は、残念ながら知っていたってことね)

 

「ワカバちゃんはどう考えてもベビーフェイスです。なんでですか?」


 ミナミは初めての大沢との対立に胸が締め付けられる想いだった。


 大沢は真剣な表情で口を開いた。


「最近の観客の動員数を知っているか?」

「え!?……春休みは振るわず、後楽園でも1000人集まらなかったと聞いてます」


 後楽園ホールであれば1500人くらいの来場を期待したいところだ……


「原因は?」

「それは……わかりません」


 大沢は慎重に言葉を繋いだ。


「エンターテイメント性の欠落だ」


 ミナミは耳を疑った。


「最近ヒールの脱退が相次いだから、アキラのベビーフェイス組とサクラのヒール組の抗争関係が維持できなくなってきている」


 それはミナミも聞いていた。


「マッチメイクも一苦労だ。ベビーフェイスだけで抗争関係ないカードを組んでも話題性が足りない」


 ミナミは大沢をキッとにらんだ。


「SJWは技術を魅せる団体です。だから、ここに入団したんです」


 大沢も鋭い視線でミナミを見つめ返す。


「その通りだ。でも、今のうちは理想論だけでは経営できない。女子プロレス界全体も同様だ」


 ミナミの主張は理想論だが、大沢が言っていることは現実だった。


「このままGWシリーズを迎えたら、うちは潰れるかもしれない」


 確かに、年に4回の稼ぎ時のひとつ、春休みが業績不振だったのだから、GWまで不振だと本当に潰れかねない。


「アイドルワカバがヒールに堕ちる。そのくらいのインパクトがないと乗り越えられない。おれが、そう判断した」


「……」


 ミナミはぐうの音も出なかった。


 プロテストに受かっていないから試合で貢献はできない。

 経営企画だとか言って、DXとかやって、でも客先は遠のいている。

 その状況の経営分析すらできていない。

 ワカバのヒール堕ちを止めることもできない。


 自分のふがいなさに、やるせなく俯いて肩を震わせた。


 その肩に、大沢が軽く手を乗せる。


「技術で魅せたいという気持ちは大事にとっておけ。いつか、その理想を実現できるときが来る。でも、その前にやることがあるだろう。まずは、自分がなすべきこと、それを実現するべきだ」


 そう言い残すと、大沢はミナミを残して社長室から出ていった。


 ミナミは、無言でその場に立ち尽くした。

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