第20話 距離の大きさ

 どのくらい経ったのだろう。


 2階に戻ると、ワカバはすでに帰宅していて、かわりにツツジがひとりでマシントレーニングをしていた。


「ワカバは帰らせたわよ」

「そっか。うん、ありがとう」


 ツツジは、少し迷った後、切り出した。


「殴り込みに行ったんだって?」

「……殴り込みだなんて……」


 いや、社長室に向かったときのミナミは、そのくらいの勢いだったのだろう。


「大沢さんが大好きなミナミが殴り込みって聞いてびっくりよ」

「ちょっと、そんなんじゃ……ないから……」


 否定はしきれない。ミナミは黙り込む。


「……本当に、好きなのね」


 ツツジは雰囲気の変化に気づいた。


「そんなの、わからないわ。私は、昔の大沢社長のままでいてほしい。それだけなの」


 肩を震わせる。


 大学一年のときにZWWに入団試験を受けに行った。

 その時すでにZWWは崩壊しかけていたので練習募集は中断していたが、当時の企画部長が面接だけはしてくれた。


『いずれ純粋な技と技の凌ぎ合いによって人を感動させる団体を作るから、卒業したらそっちに入団しにおいで』


 と言ってくれた。


 団体の崩壊、新団体立ち上げと大変な時期だったから覚えていないかもしれない。


(でも、私はしっかりと覚えている)


 そのときの企画部長が、大沢だった。


 だからこそ、大沢には、この件に絡んでいてほしくなかった。

 理想を突き通してほしかった。

 大沢の理想はミナミの理想でもある。


 そして、そんな大沢のことが、やはり好きだったんだと気付かされる。


 初めて会った時から、憧れていた。

 でも、その瞬間から、その距離の大きさを感じていた。

 いつか埋まるかもしれないと、どこかで期待していたのかもしれないけど……


「今はまだ、距離は縮まってはいないみたい……」


 唇をぎゅっと噛み締める。

 ツツジは、そんなミナミをぎゅっと抱きしめた。


「私にはわからないけど、でも、焦っちゃだめ。まだまだ、ミナミはこれからなんだから」

「……うん、そうね。ありがとう」


 ツツジの腕の中でミナミが頷く。


「さあ。今は、ミナミは自分がやらなきゃいけないことを、しっかりやらなきゃね」

「うん……大沢社長にも言われたわ」


 腕から離れる。

 今にも泣きそうな顔。歯を食いしばる。


「今回は手遅れかもしれないけど、練習する。付き合ってくれる?」

「もちろん。さ、リングに行くよ」


 ツツジは階段を下り、リングに向かう。

 その後を追うミナミ。

 ツツジの背中が、頼もしい。


(……本当にありがとうね)

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