第五章 プロテスト2回目 <入社2年目春>

第17話 夕練

 ミナミが正社員として入社して、1年が過ぎた。

 ビジネスウーマンとしては良いスタートを切ったと言えるだろう。

 でも、ミナミには大きな焦りが生じていた。


『プロテスト』


 コストダウンやDX化で忙しかったミナミは、3月と9月に行われる定期テストをいずれも見送っていた。


「ミナミ、4月末に臨時テストをやるか?」


 大沢社長にいきなりそう言われたときに、自分のために特別な処置をしてくれることを喜んだが、不安を感じた。


(人々を感動させるプロレスラーになりたい。でも、最近全然、練習できていない。体重も……ちょびっとだけ増えちゃったかも)


 ミナミは、練習生同期で、すでにプロデビューしているツツジにチャットを送った。


『今日から夕練再開する。18時。付き合ってくれたりする?』


 すぐに回答が来た。


『もちろん。報酬は生ビール大でいいよ』


 ミナミは、それを見て涙が出そうになった。


 そして、昨年秋のプロテストに合格した後輩のワカバにもチャットを送る。

 でも、ワカバはいつまでたっても未読のままだった。


 18時。

 こんな時間でも嫌な顔せずに付き合ってくれるツツジ。


 柔軟体操の後、スパーリング。

 投げたり飛んだり、リング上を所狭しと走り回り大騒ぎだった。

 練習ではなく本気の攻防。

 1時間ほど攻防を続けると、もう限界。


「やっぱりやるわね、ツツジ。なかなか主導権を握らせてもらえないもの」

「ミナミこそ、投げてもすぐにリカバリされるから気が抜けないわ」


 はあはあ言いながら、お互いを評する。


「でも、大丈夫?仕事終わってすぐ夕練なんて……無理しないでよ?」

「大丈夫よ。むしろ、まだまだ足りないくらい」

「まったく……」


 そして、翌日は早朝にジョギングで出社すると、ジムで柔軟、マシントレーニング。そして無人のリングに上がると、受け身の練習。

 

 8時半になると、シャワーを浴び、着替えて、化粧を軽くたたくと、3階の事務所に上がる。

 ちょうど、これから地方遠征に出るアキラとすれ違った。


「あら、朝からトレーニング?精が出るわね」

「アキラさん、お疲れ様です」


 SJWでもトップ1の実力者なのに、いつも丁寧な言葉使い。

 アイドル張りの美形で、実力は日本トップレベル。

 気配りもすばらしい。


 ミナミにとっては現役レスラーの中では一番の憧れである。

 

「月末にプロテストでしょ?頑張ってね」

「ありがとうございます。頑張ります」


 アキラは、まさに天使のような笑みで手を振りながら下へ降りていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る