第13話 見積もり

 システムコンサルの片岡から、DXカスタムの見積もりが出てきた。


 ・開発費 5千万円

 ・運用費 年間2百万円


 それなりの値段。

 ミナミにはさっぱり相場観がわからない。


(こういうときは……やはり、彼しかいないわね)


 前回は八王子に来てもらったので、今回は渋谷へ。


 会うなり乾杯し、日本酒を注文する。


「ねえ。橋本君って、よく学生起業を決意したわよね。勇気あるわ」

「ああ。大学一年のころ、夢に向かう大事さをある人から教わったからね」

「え?だれ?」

「内緒」

「何よ、意地悪いわね」


 橋本はばつが悪そうに、話題を切り替えた。


「それよりも、頼み事ってなんだよ?」

「そうそう、この見積もり、見てほしいの」

「どれどれ?」


 橋本は見積書と要件定義書に目を通す。


(やっぱり、仕事モードのときはかっこいいのよね……)


 やがて、ニッと笑う。


「これだけのモジュールをカスタムして組み込むなら、値段もお手頃じゃないかな。悪くないと思うよ」

「そうなんだ。よかった。じゃあ、ここを本命にする。紹介してくれてありがとうね」

「いやいや、ハズレじゃなくてよかったよ」


 そしてお酒は進み、話はいつの間にかプロレスの話になっていた。


「ところで、プロレスって八百長なんでしょ?」


(……来たか)


 どの友人と話をしていても、いつかは必ずこの話題になる。


「違うわ。相手の技をしっかり受けて相手の良いところを引き出すことはあるけどね」

「そうか?シナリオ通り演じていて、勝敗も決まっているって聞くけどね」


 ミナミはちょっと苛立って答えた。


「勝敗決まってて演じるだけなら、私たちはこんなに朝から晩までへとへとになるまで練習したりしないわよ。みんな本気で勝つために練習してるんだから」


 でも、ミナミのいらだちに気付かないのか、橋本は続けてしまう。


「この前の男子プロレスだって、結局レジェンドが勝ってたじゃん?団体間の抗争とか、マイクパフォーマンスとか。やっぱりシナリオあるんじゃないの?」


(……もう、しつこい。モヤイ像に括り付けて、ドロップキック打ち込もうかしら)


 日本酒を一気に飲み干す。


「そんなものはないわよ。もう、帰る」

「お、怒った?わりい、そんなに怒るなよ」

「別に怒ってないわ。今日はありがと。じゃ、またね」


 ミナミは、自分の分のお代を適当において席を立った。


(まったく。本当にデリカシーのかけらもないわね。少しは大沢社長を見習いなさいよね)

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