第10話 失礼な同級生

 ミナミは、ゼミ仲間の橋本と八王子の行きつけの居酒屋で会う約束をしていた。


 ここは、地元大会開催時に集客やスポンサーになってくれるSJW御用達の居酒屋で、案の定、SJWの先客がいた。


「おお、ミナミ。一緒に飲もうや」


 トップツーのひとり、サクラだった。

 ボーイッシュなショートカット。女性客を虜にできそうな爽やかさだが、実はトップヒール覆面レスラー。

 だから、素顔は一般には知られていない。


 その向かいに座っているのは……


「え?し、しぶたにさん?」


 現在女子プロレス2番手団体、大阪のOWP。

 そこのトップヒールを務める渋谷だった。

 その実力は個人戦では日本一と言われている。


「ああ、実は親友なんだよ」

「よろしくね。ミナミちゃん?ご一緒できる?」

「あ、ありがとうございます。ですが……」


 橋本との約束があるし、親友二人の密会に同席するほど野暮じゃない。


「人と会う約束があるので、また、次の機会に……」

「お?彼氏いたんか?紹介しろよ」

「ち、違います!同級生との仕事の話ですから」


 ミナミはなんとかその場は取り繕って離れた。


(それにしても、違う団体のトップヒール同士が実は仲良しだったなんて、良い話ね)


 少しうれしくなる。


 そして、橋本が店に入ってきた。


「よお。ん?太ったんじゃね?」


 ……ブチン。


「太ってないし。レスラー体系作りだし。デリカシーのかけらもないの?」


(こんな奴、ジャーマンスープレックスで高尾山に埋めた方が人類のためになるんじゃないかしら?)


 最近業務が忙しくて十分な練習ができていないことを薄々自覚していたことは内緒だ。


「あのね、今日はお願いがあって呼んだのよ」


 ミナミはDXによる業務効率化を考えていることを説明した。


「うーん」


 真剣な表情。


(……意外。仕事の話になると真面目なのね。いつもこうしていれば、かっこいいと思われなくもないのにね)


「うちはAI専門だからなぁ」


 ・DXは、AIやIT、IoTを使って業務をデジタル化すること

 ・AIは、人間の行動や思考を、人間の代わりに実現する技術


 一部は重複するけど、一緒ではないらしい。


「そっか。早とちりだったね。ごめんね」


 振出しに戻る。

 ミナミはがっくりと肩を落とした。


「でも評判がいいコンサルなら紹介できるぞ?」

「え?マジで?嬉しい。ありがとう」

「まあ、これでもIT業界で生きてるからな」


 ちょっと照れながら横を向く橋本。

 いつもは口が悪いのに、今日は頼もしく見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る