17話 カノジョカノジョカノジョカノジョカノジョ・今カレ
ぼくは、ミミに仰向けで浮かんでいた。
ミミになりそこねたモノ、あるいは、液体になったミミの上にぷかぷかと。ミミの中にはエサを求めていた鯉が何匹も泳いでいて、たまに口を大きく開いてはミミの一部を体内に取り込んでいる。
ぼくは、あの池があったところまでミミに押し流されたのかもしれない。何年分というミミが一気に吐き出されたのだから、そのくらいの勢いがあってもおかしくない。むしろ、今、自分がほとんど無傷でいることの方がおかしいくらいだ。
押し流される瞬間、ぼくは首根っこのあたりを誰かに掴まれた。そして気づいたら、ここで仰向けに浮かんでいる。誰かに助けられたのか、たまたま運が良かったのか、考えるだけ無駄だろう。
「「おーい」」
二人のミミがぱちゃぱちゃと何泳ぎでもない泳ぎ方で近づいてくる。どちらも顔に傷があるから、ぼくが過ごしたミミ二人のはずだ。
腕を水面から出すたびに、髪の毛やら皮膚になり損なった何かがねっとりと糸を引いている。
ぼくは意を決して、仰向けの姿勢をやめ、ぐるりと回転し、水面に顔をつけた。汗のような、血のような、形のないニオイがする。ぼくはがむしゃらに泳ぎ、二人に近づいた。
「「無事で何より」」
「……人の身体を泳ぐなんて初めてだ」
「身体っていうよりスープね」
「ミミのスープ」
二人はケラケラとゲラゲラの間で笑い合った。
「あっちに少し高いところがあるから」
「一旦避難しましょ?」
ぼくはふたりの後ろを泳ぎ、少しだけ標高のある、丘のような場所に上がった。
「助けてくれてありがとう」
声は重なっていなかった。どちらかのミミだけが言ったのだろう。
町は橙色に染まっていた。橙色に呑まれ、屋根の一部やある程度の高さがある場所のみ、蕾のようにポツポツと見える。中には津波被害にでもあったかのように、えぐれ、押し潰され、原型のない建物もあった。
橙色の正体は、当然、よく見ればすべてミミの一部だ。浸水の映像をたまにテレビ越しに見るけれど、アレとは違う。液体の中を数千、数万、あるいは、それ以上のミミが浮かんだり、沈んだり、歩いたりしている。
「こっちこそ、ありがとう。この中からよく見つけられたね、ぼくを」
「この中だから見つかったのよ、服を着てるのはわたしたちと君くらい……」
「そっか……。うん」
少しだけ謎は解けたけれど、スッキリはしないし、腑にも落ちなかった。
「あのさ、……フジは?」
ミミ二人は上着を脱ぎ、雑巾のように捩じり、絞っていた。びちゃびちゃと橙色の液が跳ねる。
「見つけてない」
「見つかってない?」
「見つけてない」
見つかってないではなく、見つけてない、という言葉にミミはこだわりがあるみたいだったけれど、ぼくには二つの違いがわからない。
フジは浮かぶか、沈むか、あるいは融けるかしていて、ぼくの見つけられるような所にはもういないのかもしれない。
「あー、いたいた」
「ここかぁー」
「よっ、と。まだふらつくなぁ」
橙色から傷のないミミが三人上がってきた。服は当然着ていない。そのためか、胸の膨らみ、太ももの厚み、陰毛の生え方に至るまで同じだとわかる。元々は赤黒くなく、艷のある黒髪だったのだとぼくは初めて知った。
「半分成功、半分失敗ってところね」
ジャージミミが三人を眺めながら、ポツリと言った。
「十分成功よ、ここまで増えたこと今までにないじゃないっ」
「この日のために、寝ないで頑張ったかいがあったわ!」
「まあ、あの日フジに助けを求めたなかなか良かったんじゃないっ?」
三人がワイワイと話す。久々に声を出しているからなのか、少しだけ音程とボリュームがおかしい。
「眠らなかった期間に比べて数が少なすぎるわ、質も良くない」
ジャージミミは橙色に手を伸ばし、下半身が捻じれ溶けているミミを引っ張り上げた。
「う、うあ……」
顔はしっかりとミミなのに、何か足りていない、そんな表情をしていた。
「こういうのが多すぎる」
「そういうわたしたちが居てもいいじゃない!」
「わたしとアナタだって傷の数は違うし、脚があるかないかは些細なことよ?」
ミミたちは何の話をしているのだろう……?
ぼくやフジは何か、何かの計画の一部だったのだろうか。
「……ごめん、割ってはいるけど」
ミミの顔がすべてこちらを向いた。
「その、ミミたちは、何を……、何をしたいの?」
「増えたいの」
その声は重なっていた。何人ものミミの声が。けれども、だからこそ、たった一人の言葉に聞こえた。
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