18話 ・・・・・・ミミ・ぼく

「ありゃ」


傷一つないミミの顔が半分、ずるりと剥がれ、落ちた。黄色と白の混じった筋肉が見え、間から橙色の液が流れ出ている。


「痛てっ……、いてっ、いててて、痛いっ。あは、あははっ。だめみたいだー……、これ」


他の傷のないミミたちも柔らかい肉の部分から剥がれ、めくれ、ずるずると崩れていく。


「一気に増やすとこう、なる、のね……」

「……あー、くやしいな」

「何年も眠らずに頑張ったのにぃ……」


傷のなかったミミたちの瞳が潤み、ボロボロと涙がこぼれる。その涙に沿って皮膚が割れ、ボトリと崩れていく。

剥がれ落ちた肉片や皮はコンクリートの上に落ちたアイスのように溶けた。


「ごめんね、助けられなくて」


ジャージミミがしゃがみ込み、溶けていくミミの頭を袖を使って撫でる。


「……やだよぉ、や……ぽ」


喉奥が溶けたのか、崩れたのか、それ以降はコポコポとした音しか発しなくなった。そして、地面のシミになった。

橙色の水面に浮かんでいたミミたちも、その多くは溶けてしまったようで、水量も引き始めている。世界を覆い尽くすのではないか、とぼくが思ったミミの増殖は、液体となって潰えた。


「増えたかったな……、うん。もっと増えたかったの」


ジャージミミがかつて傷のないミミだった橙色の海、ミミスープを見つめながら、溢した。


「でも、普通に増えていったらいつかバレちゃうでしょ? だから一気に増えようと思ってたの」

「フジに助けてもらって?」

「フジと君に助けてもらって。……フジには寝かせないことだけを頼んでたから、ちょっとズルかもしれないわね。でも、気付いてたのかもなぁ、わたしが増えたがってることには……」


ミミは小石を拾うとミミスープに向かって投げた。音は鳴らず、静かにスープに小石は飲み込まれた。


「でも、一気に増えるのもだめだったわ。身体が……、もしくは、心が持たなくて崩れちゃうみたい」


ジャージミミはふらりと歩き始めると、グレーの服を着たグレーミミの額に額を当て、それから抱きついた。

そのまま二人は、何かを諦めるようにその場にしゃがみ込んだ。一枚の毛布に包まり、身を寄せ合って、敵襲から逃れようとする姉妹に見えた。


「これからも、毎朝殺し合わないとね」

「ね。でも、池も山も、スープでびしゃびしゃにしちゃったわ」

「そうね、使いものにならないかも」


ふたりはそう、演技めいた口調で、台本のような言葉を吐いた。


「わたしたち、手詰まりね」

「どうしよっか」


二人は顔を見合わせ、少しだけ鼻先を触れ合わせた。


「「ねえ」」


二人はぼくの方を見ると、全く同じ表情で微笑んだ。


「わたしたちが」

「どうするべきか」

「「君が決めて?」」


そして、次のセリフは「君の番だよ」とでも言いたげな、静かな瞳でぼくを見つめる。確かに、順番で言えば、ぼくの番なのだろう。


ぼくは足元に落ちていた、尖った石を拾った。一番鋭利な部分を指の腹で撫でると簡単に皮ふが裂けた。


「……決めたよ」


ぼくはミミたちの目を交互に見つめた。


「決めた」


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