15話 親友=元カレ≠今カレ

鯉たちが餌が来たのだと勘違いして、黒い波のように蠢く。


「「ごめんねー」」


ミミたちは素通りして、山の方へと向かう。後ろの方で鱗と鱗の擦れあう、生臭い音がした。


「わたしの骨を捨てたあの山はね」

「フジのお祖父さんの土地なんだって」


ぼくは特に頷くこともしなかった。


「だからね、いつもあの山に捨ててるの」


それは何だか、今でもミミがフジを頼っているという宣言、あるいは、告白のように聞こえた。


「山の近くにあった、大きな屋敷、覚えてる?」

「覚えてるよ」

「「そこにいるの」」


ミミの声は重なっていたけれど、どこか頼りなかった。


「わたしの分身はあそこで眠らずに、今もいる」

「あの日からずっと」


ぼくもそこにミミの分身はいるのだろうと思った。けれども、それと同じくらい、本当にいるのだろうか、とも思っている。


「ずいぶんと前に増えたのに、そこにいるって確証はあるの? 別の場所とか、それこそ、死んじゃってたりとか」

「「いるの」」


その言葉は力強かった。


「……、どうして確信が持てるの?」

「「フジだから」」


それ以上ぼくは聞かなかった。


屋敷は厳かと古びたのどちらとも捉えられる外観だったが、ミミはそこを素通りし、その隣りにある小さな倉庫の前に立った。


「ここ?」

「「そう」」


灰色の長方形に灰色の引き戸が一つ。そのシンプルさが妙に気味悪く思えた。


「ここに、ミミがいるんだね?」


ぼくは念を押して確認をした。


「「そう」」


その扉に鍵はかかっていなかった。スルスルとぼくに開けられるのを待っていたかのように自然に、その扉は開いた。


「「ほら、いた」」


暗闇の中、いち早く目を慣らしたミミたちが指を差す。ぼくはその指を頼りに一点をただ見つめる。


「あ」


そこには手足に大きな洗濯バサミのようなものが着けられた全裸のミミがいた。その洗濯バサミのような物からは配線が延びており、静かな、けれども電気が通っていることは伝わるブゥン……と低い音が響いている。

決定的に今のミミと違う点は、傷がないこと。暗闇だから見にくい、というわけではなく、本当に産まれたばかりのような肌をしている。丁寧にフジが傷だけは処置しているのかもしれないし、昔はこれくらい傷が少なかったのかもしれない。


「……ミミ?」


ぼくの声に、そのミミは反応しない。ただ虚空をあるいは床より少しだけ上の空間をジッと見つめている。口は固く閉じられてはおらず、極めて自然に、ただ閉じられていた。眠れない、無理やりにでも起こされ続けた人間はこうも大人しい顔をするのか、と静かに驚いた。


「「助けてあげて?」」


二人の声が重なる。ぼくは繋がれたミミに近づき、手を伸ばした。フジとぼくは違うのだと自分に言い聞かせながら。

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