12話 無限増殖PART3

ミミは32人になった。

ミミの言った通り、あるいは、懸念通りに。


当面の問題は食料と衣服、それから、スペースだった。いくら両親のいない一軒家だからといって、100を越える人間が生活できる余裕はない。


「「服なんて、いらないわ」」

「着なくたってへいき」

「「君はいまだに「恥ずかしそう」にしてくれるのね」」

「うれしい」


ミミは眠るとき、必ず服を脱ぎ捨てる。それは本人曰く、増えてしまったとき「服を着ている方が本物」で「裸の方が分身」といった見分け方をできないようにするためだそうだ。


増えていく過程で気づいたことは、確かに、見た目も性格もミミだけれど、それでも少しずつ差異が見られることだ。


あまり適切な表現ではないけれど最初の二人をA、Bとする。すると、A側で増えた先とB側で増えた先のミミとでは共有している記憶に少しズレが生まれる。分岐、といったところだろうか。ぼくが「減らさなくていい」と両手で別々のミミを撫でた際、右手で撫でられた記憶のあるミミと左手で撫でられた記憶のあるミミ、二つが存在している。

こうした分岐がどんどん増えていく。増える際、全員に記憶が共有されるのではなく、増える元となったミミとのみ記憶は共有される。


「「そんなに細かく観察してたのね」」

「学者みたい」

「「ね、学者みたい」」


32人に増えるまで、ほとんど同時に眠っていたため、ある種、ミミの増殖は“規則的な”増殖だった。けれども、今は眠たくなったミミが眠りたいときに眠り、増える。そのため、気がつくと40人、48人とカウントすることが無意味に思える現状だ。

ぼくは、本当に文字通り「身勝手で馬鹿なお願い」をしてしまったのだろうか……?


「「お腹減った「お腹へったわ」」

「わかった……、何か買ってくるよ」


ぼくが立ち上がるとゾロゾロとミミに囲まれる。


「「わたしも外に出たい!」」


口調のせいか、それとも、顔立ちも変わったのか、ずいぶんと幼く見える。


「ごめんね、一人……、せめて二人までにしないと目立っちゃうと思うから」

「「「やだー!」」「やだ!」」


ミミたちは仲のいい、あるいは、仲の悪い姉妹のようにワチャワチャとケンカを始める。けれども、そこには今までのような殺し合いの空気はない。髪を引っ張ったり、二の腕をつねったり、羽交い締めにしたりと、取り返しのつく範囲での暴力だ。


「おいで」


ぼくはケンカから距離を置いていた二人のミミの肩を叩いた。


「ずるいずるいずるい!」

「なんで「「なんで!」」なんで!」


ぼくは群がる同じ顔をしたミミをそれとなく押し返し、避け、すり抜けながら、二人のミミを連れて外に出た。

一人目のミミはダボっとしたグレーの長袖Tシャツに短パン、もう一人のミミは黒にストライプの入ったジャージを着ている。心のなかでグレーミミとジャージミミと呼ぶことにした。


「騒がしかったね」

「騒がしかったねー」


二人は比較的、落ち着いているように見える。ジャージミミが袖をまくった。


「たくさん食べ物、買わないとね」

「お金は足りそう?」


ぼくはポケットをまさぐった。親から借りているクレジットカードを何も考えずに使っている。足りる、足りないは正直なところわからない。


「まあ、たぶん足りるよ」


ジャージミミは「ちゃんとあとでわたしも払うから」と言い、グレーミミは「一旦わたしの家に戻らないとだけど」と繋いだ。


そのあと、グレーミミとジャージミミと手分けをして食べ物を買い込み、男女平等に重さを分けながら持ち帰った。グレーミミは「特権を行使します」と宣言してから、チーズを一切れ食べ、ジャージミミは「以下同文」とだけ言い、チーズを二切れ食べた。ぼくも一切れチーズを食べるとふたりは


「「共犯だねぇ」」


と声を重ねて笑った。

そして、6Pチーズの残りを道中、ぼくらで食べ切った。



「ただいま」


塞がった両手をなんとか駆使して扉を開ける。僅かに開いた隙間に指を滑り込ませると、異臭がした。


「は?」


血まみれのミミが三人、重なるように玄関で倒れていた。いや、三人だけじゃない。もっとだ。

買物袋を放り出し、靴のまま、部屋へ上がる。顔面の陥没したミミ、顔の削がれたミミ、廊下を這いずって息絶えたであろうミミの死体が数えたくもないほどにあった。


「んだよ……、これ」


靴の下で、液体から固体に変わりゆく血が妙に粘っこい。家のどこにも生きているミミの姿がない。


「ミミ……」


祈るような気持ちで、自室の扉を開ける。


「おかえりー、……って、俺が言うのも変か」


フジだった。いつもと変わらない、いつも以上に爽やかな、男でも惚れ惚れするような笑顔。そんなフジがぼくのベッドに腰を掛け、切り落とされたミミの頭を膝の上で転がしている。


「待ってたぜ」


フジはぼくの胸めがけてミミの頭を放った。殴られたような衝撃のあと、ミミの頭はぼくのつま先のあたりでくるくると回った。
















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