7話 死体処理PART1
朝というには暗すぎて、夜というには味気ない空をしている時刻。
ぼくの恋人――、ミミは二人に増えた。そして、殺し合った。ボールペンと万年筆というありふれた物で。
何がなんだかわからない、ということはなく、増えた分をミミは減らしたのだなと思った。それがミミにとっては普通のことなのだとも……。
「この死体、どれくらい細かく切ればいい?」
「細かくするのはわたしがするから。とりあえず、骨と肉に分けて」
あるいは、わけがわからないからこそ、妙に冷静に、とりあえず自分ができることを探しているのかもしれない。
かつてミミだったモノは急速に温度を失うということはなく、むしろ、不気味なくらい熱を保っている。
「わたしのアレ、自由に使っていいから」
ミミの通学鞄に教科書は一冊もなく、いくつかの文庫本とその下にゴロゴロ刃物が入っていた。ぼくはそれらを「包丁」としか呼べないけれど、ミミは用途ごとに使い分けているのだろう。
ぼくは一番手に馴染む、一番包丁らしい包丁を持ち、かつてミミだったモノの太ももに突き刺した。弾力のある抵抗が刃先から伝わったかと思うと、ずぷりと刃は飲み込まれた。そのまま手前に引くと、白くて筋っぽいササミのような肉の下に赤が見えた。
「こうやって切込みを入れたあとは、素手で果物の皮むくみたいに……。ね?」
ミミは反対側の太ももを用いて、ぼくに解体方法をレクチャーした。言われた通り、切込みに指を入れ引っ張る。マンゴーや桃に指を突っ込んだ時のような、生ぬるさと繊維、粘っこさ。そして、強烈な鉄臭さが漂う。
ぼくの部屋……、正確には死体を浴室に運んだため、ぼくの浴室に、血の臭いは残り続けるのだろうか?
「冷水をかけながら解体するとニオイは少しマシになるわ。やっぱり蒸気とか熱とかといっしょにニオイって漂うみたい」
解体時、ぼくはすべての服を脱いだ。ミミも何も身に着けていない。浴室で恋人と一糸まとわぬ姿で二人きり。
「誰かとこうやって、解体するのが夢だったの」
ミミは死体の歯を手際よく抜きながら笑った。
冷水シャワーの音がイライラした誰かの細い舌打ちに聞こえる。
「わたしと付き合う、わたしを助けるってことは毎朝、死体処理を手伝うってこととイコールなの。減らさないと増えちゃうから」
関節を捩じって外しながら、ミミはポツリと言った。
「ミミが増える分には、ぼくにとっては嬉しいけどね」
ぼくは骨にこびりついた肉を、包丁で擦り、削ぎ落とした。
「せいぜい2〜3人が限度よ? 別々の人格とか、見た目が違うとかならいいけど……、ぜんぶわたしのまま、ただ増えるのよ?」
「……。その、減らさずに……、増やし続けたこともあるの?」
ミミはほんの僅かに間をあけてから「あったわ」と答えた。
「そっか、……うん、そうか」
その時に増えたミミはどこへ行ってしまったのだろう。やはり、こうして減らして、解体してしまったのだろうか?
「あと2時間で終わらせないと遅刻だね、学校」
「余裕よ、君のおかげっ」
ミミは冷水で血塗れた唇を清潔にしてから、ぼくに口づけをした。
「本当に……、ううん、本当は受け入れてくれるなんて思ってなかったの」
ミミはもう一度ぼくに口づけをし、呪文のように「ありがとう」と唱えた。
もう浴室内の鉄臭さは感じとれなくなっていた。
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