5話 友情と恋愛どっちが尊いですか?
「なんで、おまえらふたりが?」
ぼくはフジが何の部活動に所属しているか知らない。でも、たぶん運動部だろうとは思っていて、今、わざわざぼくらの前に回り込んでまで話しかけてきたフジのラインの入った服装を見るに、予想通り野球部なのだろう。
フジはデカいエナメルのバッグが籠に突き刺さっている自転車のペダルから片足を下ろし、バランスを取りながら、ぼくらを交互に睨みつける。
「付き合ってる男女が一緒に下校するなんて、ふつうのことよ、フジくん」
ミミはぼくに話しかけるときとは違う、ワントーン低い声でフジに語った。
「付き合ってる……?」
フジはロックもかけずに自転車から降り、ぼくに歩み寄った。
「おい、コイツが言ってるのは冗談か?」
「冗談じゃない、よ。ぼくらは……、付き合うことにした」
ガシャンと自転車が倒れる、情けない音が響いた。
「おまえ、俺の話……、聞いてたのか?」
フジはぼくの両肩に手を置いた。女子だったら憧れのシチュエーションだろうな、と思う。フジは真剣そのものといった表情をしているにもかかわらず、ぼくは「相変わらず整った顔立ちをしているなぁ」とぼんやり考えた。
「こんなリスクの塊みたいな女に近づくなって話、聞いてなかったのか?」
「聞いてたのか?」と「聞いてなかったのか?」の両方で尋ねられてしまったため、ぼくは黙るしかなかった。
喉奥で笑いをこらえるような、ミミの声が聞こえた。
「ひどい言い草ね、フジ」
ぼくの聞き間違えでなければ、ミミはフジの呼び方を呼び捨てに変えた。
「でもね、彼はそのリスクごと背負ってくれるって。助けてくれるって言ったのよ」
フジはぼくの肩から手を離すと今度はミミの胸ぐらを掴んだ。
「背負わせたんだろ」
「まだ、よ」
パッとフジが手を離すと、ミミはその場に倒れ込んだ。倒れ込んだ、というよりも、座り込んだの方が印象としては近い。それほど、静かな倒れ方だった。フジは頭をガリガリと掻いてから、大型犬ならば喜びそうな手つきで自分の髪の毛を掻き回した。
「立てる?」
ぼくが手を差し伸べると、ミミはにっこりと、新任の先生があいさつをするときのような笑みを浮かべた。冷たい四本の指と、異様に熱い親指がぼくの手に絡んだ。
「ああ、くそっ」
フジは倒れた自転車から放り出されたエナメルバッグを思い切り蹴とばした。
「落ち着いてよ、フジ。その、ぼくのことを心配……、してくれるのはうれしいけど。さすがにミミに対して失礼だって。リスクとか何とか……。それは」
ぼくはミミを引き起こしながら言った。
「フジが決めることじゃない。ぼくが決める」
フジは口を少しだけ開いて、それから閉じた。何かを言いかけた、と言うよりも、何も言葉が見つからなかったように映った。
「ふふっ、あはははははははははははははっ!」
ミミはぼくの手を握りしめたまま、ぶんぶんと上下に振った。ミミの笑い声は笑い慣れていないのか、一音一音すべての高さが異なっている。
フジは長い沈黙の後、「しゃーない」と小さく、けれども、低い声で呟いた。それから、ぼくに軽く肩をぶつけた。
「なんかあったら、……言えよ」
「何も言わないでね、二人だけの秘密、たくさん作りましょ」
ぼくは二人のどちらにも目を合わせずに「うん」と頷いた。
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