4話 食べ歩きは校則違反ですか?
「えー、君、買い食いしたことないの?」
心底意外、というわけではなく「まあ、そうでしょうね」が込められた「えー」だった。
「校則違反だし、まあ、それにお腹もそこまで減らないしね」
「太宰治の人間失格みたいね。『自分は、空腹という事を知りませんでした』っていうアレ」
「そんな場面あった?」
ミミはわざとらしいため息をつくと通学用の鞄を開いて本を取り出した。
「読み直して、これは命令」
薄っぺらい文庫本「人間失格」がぼくに手渡された。
「聞こうと思ってたんだけど、ミミは本好きなんだね。文芸部にもたくさん本あったし……」
「いいえ? 嫌いよ?」
「え?」
「本なんか読んでも救われないし、それに、わざわざこっちが歩み寄って場面を想像したり、人物の姿形を思い浮かべたり、声を想像したりしないといけないでしょ? 不親切よね」
その感想が出る時点でぼくからしたら十分「本好き認定」を下せるのだけれど、何かしらこだわりがあるのだろう。
「文芸部は楽しい?」
「わたし、文芸部じゃないわよ? 君と同じく帰宅部」
「あれ?」
「読み終わって邪魔になった本を勝手に文芸部に捨ててるだけ。君には不法投棄のお手伝いをしてもらったのよ、今日」
ミミは立ち止まり、大げさなピースサインをぼくに見せた。それからそのピースでぼくの身体を小突いた。
「痛っ、やめてよ」
ぼくの言葉なんて届いていないのか、ピースの形を保ったまま、ツンツンというよりザクザクと全身を小突かれる。
「なに、なに、なに」
ぼくが仰け反りつつ後退すると、手首を掴まれた。
「ねえ、せっかく恋人になったんだから手くらい繋げないの?」
「うぇ」
「何その踏まれたカエルみたいな声」
「カエル踏んだことあるの?」
「あるわよ。ギリギリまで身体が膨張してから『うぇ』って断末魔をあげてね、そのあとパンって風船が割れるみたいな音がするの……。って話を逸らさないで」
ぼくの手首を握りしめる、ミミの手は震えていた。ぼくは手首を回して一度振りほどいてから、いわゆる恋人繋ぎをした。人生がゲームだったならば、今頃画面の上の方に獲得したトロフィーが表示されているだろう。異性と手を繋ぐのは、ぼくにとってはじめてだった。
「……、思ったんだけど君、意外と女の子に慣れてる?」
「ご想像にお任せを……って余裕ぶって言いたいけれど、全然。全然慣れてない。今も手汗の心配と力加減これくらいでいいのか色々考えてるよ」
ミミはギュッと握る力を強めると「なーんか、話し方に余裕があって可愛くない。態度は初々しいのに」と不満を漏らした。
うわぁ、なんだか恋人っぽいことしているなあと貧相な感受性がめいいっぱい震える。しかし、一方で「助けてくれる?」というミミの言葉もこだましている。
「あー、また一人でごちゃごちゃ考えてない?」
ミミがぼくの手を小刻みに二度握る。
「いや、まあ、うん。そうだね」
「イヤな言い方……、ねえ、考えてること言って?」
ぼくは一度、手を握り返してから、その力を緩めずに打ち明けた。
「そろそろ『助けて』の内容を教えてほしい」
「だめ」
ミミはパッと手を離すと、両手でバッテンをつくった。大げさすぎるほどの大きな、拒絶のジェスチャー。
そのバッテンがふにゃふにゃとしおれ、指先だけをモジモジと絡める仕草に変わった。
「君のお家に着いてから……。着いたら話すから」
ぼくは「わかった」と頷いた。それ以外の選択肢なんてあっただろうか?
そのあと、ぼくは初めて買い食いをした。保温されすぎて衣がフニャフニャになったチキンは、なぜかとても美味しかった。
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