2話 祟りがあっても触っていいですか?
「助けてって表現はオーバーじゃない?」
本がぎっしりと詰まった段ボールを抱きかかえながら、ぼくは田中ミミに尋ねた。彼女はフフンとヒヒヒの中間、簡単に表現するなら人を小馬鹿にする表情を浮かべた。
「男子にモノを頼むとき『手伝って』って声を掛けるよりも、『助けて』って声を掛けた方がホイホイ着いてきてくれるの。案外男子ってロマンチストなのかもね」
「ぼくは手伝ってって言われれば手伝うし、助けてって言われたら助けるよ」
「お優しい人ですこと」
田中ミミは両手が塞がっているからか、文芸部部室の扉を足で蹴り飛ばすようにして開けた。豪快だ、と驚いた。
「ありがとう。助かったわ」
「どういたしまして、帰宅部は暇だからね。何かあったらまた頼ってよ」
ぼくが段ボールを床に置くと、田中ミミはスルスルと猫みたいに近づいてきた。
「ご褒美をあげましょう」
「え」
田中ミミはぼくの目の前で前屈みになった。制服の隙間から、ふっくらとした白い胸、桃色のブラジャーの一部がのぞく。展開が早すぎる、とぼくは心のなかで両手を上げた。
「んー、この本あげる」
彼女は一冊の古めかしい凝った表紙の本をダンボールから取り出すと、ぼくに手渡した。ハレンチかつ卑猥な妄想をしてしまった自分を恥じる。
ぼくは「ありがとう」と礼を言い、バラパラとページをめくった。本かと思っていたが、そこに文字はなく、どうやら装飾過多なメモ帳らしい。
「同じクラスなのにちゃんと話すのは、初めてよね」
「まあ、そうだね」
ぼくはメモ帳から目を離さず、曖昧に答えた。
「今日、フジくんとわたしについて話てたでしょ」
「うぇ」
漫画やアニメだと衝撃を受けて物を落とすシーンがよく描かれるけれど、実際は驚くと全身に力が入るようだ。メモ帳のページがくしゃりと手のひらの内で丸まる。
「君、わたしのことカワイイって言ってくれてたねぇ」
メモ帳から顔を上げずとも、田中ミミの表情は予想できた。
「はい……言いました」
「なんで急に丁寧語?」
「いや、まさか聞かれていたとは思っていなくて」
「聞いてたの、そこだけじゃないよ」
心臓から全身へと送り出される血液の、温度がグンと下がる。
「わたしの身体にある傷、気になる?」
田中ミミは制服をたくし上げ、ぼくに向かっておヘソを見せた。綺麗な三日月を思わせるヘソのすぐ横に大きな、花の蕾のような完治しきっていない傷がある。ぼくはそれらを直視せずに視界の端で眺めた。
「ちゃんと見ていいよ? それともやっぱり」
彼女はそこで言葉を一度区切った。
「気持ち悪い?」
「そんなことない」
反射的にぼくは答えた。
「じゃあ、触れる?」
彼女はぼくの腕を掴み、引き寄せた。触らぬ神に祟りなし、とは言うけれど、可愛らしく、不穏で、魅力的な悪神なら、誰もが触れたくなるだろう。導かれるまま、ぼくは傷口に指を這わせた。
「ちょっとくすぐったい」
その傷はわずかに熱を帯び、柔らかく、けれども渇いていた。
「わたしね……、君がわたしのこと助けたいって言ってくれたこと結構真に受けてるんだよ」
言うなれば、彼女は祟りの“お墨付き”がある神様なのだ。
「もう一度、聞くけれど」
夕陽は完全に沈み、部室は真っ黒になった。
「助けてくれない? わたしのこと」
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