1話 首に傷のある女の子は恋愛対象外ですか?

 人の容姿について講釈を垂れることができるほど、ぼくの顔は整っていない。整っていたとしても、人の容姿に点数を点けたり、おっぱいのサイズを予想したり、あるいは「ビッチそう」「処女っぽい」「芋っぽい」などカテゴライズしたりするのは最低の行為だ。けれども、イケメンから「かわいいね」と言われたならば女子たちは「キャア」と怪鳥のように喜ぶため、世間一般として、顔立ちが整っている人間は他人の顔を“好評価”ならば、評価してもいいということなのだろう。


「アイツだけヤバイ」


 わがクラス1どころか、わが高校1のイケメンであり、ぼくの数少ない友人でもあるフジは、あろうことか一人の女子に低評価を下した。

 その女子の名前は「田中ミミ」。


「そうかな、ぼくは結構カワイイと思うけれど」

「オレだってカワイイとは思うさ。それも結構なレベルで」

「じゃあ何で?」


 ぼくの前の席に座り、上半身だけをねじって話していたフジは、一度ため息をついてから椅子ごと、こちらに身体を向けた。


「何でじゃねえ。あんな傷だらけの女はヤバいだろ」


 田中ミミは確かに、傷だらけの女の子だ。もっと言うならば、「あ~なんかつらいなぁ、リスカしよ」みたいな縞模様手首の女の子ではなく、まぶたの上、首の動脈、後頭部など「即死ポイント」に傷のある女の子だ。


「傷があるとなんでヤバいの?」


 フジはぼくの質問に対し、一度目を丸くしてから細め、大げさに舌を出してから答えた。


「傷があるってことは、傷をつけた相手がいるってことだ。ミミちゃんの彼氏か親か、自分でやってるのかは知らねーけどな。人の急所を平気で傷つけられるヤツが身近にいるってことだ。わかるか? 目に見えるリスクだ」


 フジの言葉を一度咀嚼してみる。その理屈でいくと、ヤバいのは田中ミミの身近な人であって、彼女自身はヤバくはないんじゃないか、むしろ話を聞いてあげたり、できるかは置いておいて助けてあげたり、あるいは、傷には全く触れずに優しく接したりする必要があるんじゃないか……と思えた。


「どーせ、お前のことだ」


 フジはぼくの思考を先回りして続けた。


「傷だらけの女の子を“助けを求めるヒロイン”みたいに考えてるんだろ。傷つけられているなら助けないと、みたいに」

「まあ、ぼくにそんなパワーはないけど……。助けたいには助けたいよ」

「昔からそうだ、お前は。クルマがびゅんびゅん走る道路の真ん中で、轢かれてもがいている仔犬を放っておけない。平気で助けに行く」


 でも結局、運動神経のないぼくは、その仔犬を助けられず、フジが助け出した。小学生の頃の懐かしい記憶だ。


「これはな、おまえの友人としての警告だ。助けを求められてもいないのに」


 騒がしい教室が、フジの言葉を待つかのように一瞬静まり返った。


「助けを求められてもいないのに、助けようとするな。キモいぞ」



 ぼくはフジの警告を頭の片隅に残しながら、一日を過ごした。クラスメイト達が部活動やオウチに帰っていく中、ぼくは自席に座り続けた。ぼくはたまに、何をするでもなく、誰もいない教室でぼーっ時間を過ごす。考え事をしている、というわけでもない。ただ、立ち上がりたくない気分を大事にしたくなる日があって、今日はたまたまその日だった。

 太陽の色が赤黒くなり、教室を照らす。


「ねえ、君……帰らないの?」


 田中ミミはベランダに立っていた。赤黒い長髪が風に揺れ、波打つ。こういう、放課後教室に一人でいるときに話し掛けられるという憧れシチュエーションは廊下側からと相場が決まっていると思っていた。

 しかし、田中ミミはベランダにいて、夕日を背にしながら、ぼくを見つめている。ずっとベランダにいたのだろうか?


「あー、なんとなく……、椅子に座っていたい気分なんだ」


 下手すぎる会話だな、と自分が嫌になった。


「ひまなの?」

「暇と言えば、暇かも。田中さんに聞かれるまで自分が暇してる自覚はなかったけど」

「君ってずいぶん、持って回った話し方をするのね」


 田中ミミは口元に手を当て、笑った。その口元にも縦に細い傷があった。


「じゃあ、さ」


 彼女は一歩、ベランダから教室へと足を踏み入れた。夕陽に延ばされた彼女の影が、ぼくの頬に当たった。影に重さなんてないはずだけれど、ぼくは少しだけ、痛みを感じた。


「……ちょっと、助けてくれない? わたしのこと」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る