増えちゃうカノジョ
山本貫太
プロローグあるいは2ひく1
「「わたし、増えちゃうんだ」」
ミミの声が重なる。
「双子ってわけじゃないの」
「驚かせるつもりもなかったの」
「眠るとね、増えちゃうの。自分がもう一人」
「「そういう体質なの」」
二人のミミは向かい合う。
「「だからね」」
そして、手ごろな凶器と成り得るものを握りしめる。一人は万年筆、もう一人はボールペン。
「「どっちかを殺さなきゃ、だめなの」」
長い赤みがかった髪が波打つように揺れたかと思うと、二人のミミは交差していた。万年筆がまぶたの上を切り裂き、一方で、ボールペンの先端が頬をえぐる。ぼくは二人のミミを目で追えなかった。ただ、音だけは聞こえた。
人の肉が何かに貫かれるときの音はザクとかトスとかではなく、意外にも駅のホームで人と人の肩がぶつかるときのような、さりげない音だった。
「やっと一人になれた」
まぶたから流れ出る血をそのまま右目に溜め続け、片目だけ真っ赤に変色したミミ。その赤い瞳がぼくを見つめる。足元にはボールペンが喉に深々と刺さり、心臓の拍動に合わせて湧き水のように血を噴き出すもう一人のミミが倒れていた。
ミミはぼくに近づくと小鳥のあいさつのような、ためらいがちな短いキスをした。
「ねえ、嫌いになった? こんな体質気持ち悪いよね?」
ミミの細い腕が、ぼくの首に絡みつき、ふっくらとした胸が顔に押し付けられる。女の子らしい甘い匂いの中に鉄の香りある。
「……とりあえず、ここ、ぼくの部屋だから後片付けしよう」
名残惜しさを感じながらもミミの胸から抜け出し、床に倒れている方のミミに近づく。目は開かれたままで、けれども、何も写していないかのように瞳は濁り、黒い。血はまだ緩やかに溢れ、心臓が動いていることを否応なしに訴えかける。
「ごめんね」
ぼくは喉に突き刺さったボールペンを力任せに右へ、それから左へ倒し、傷口を広げた。
「はう」
一息ついたような声が漏れ、敗れたミミは動かなくなった。ミミは一人に戻った。ぼくはボールペンをできるだけ丁寧に抜き取る。
「ねえ、なんでさっき『ごめんね』ってソイツに謝ってたの?」
勝ち進んだミミが赤い瞳と黒い瞳でぼくを睨んでいる。
「わたしだけがミミだよ。ソイツは負けたの。ソイツに優しい言葉なんてかけないで、ソイツをミミ扱いしないで、ねえ……」
睨んでいた瞳が潤み、涙が溜まったかと思うと、ぼろぼろと頬も伝わずに零れた。ぼくはボールペンをポケットにしまい、それからミミを抱きしめた。
「わかった、わかったよ、ミミ」
そう伝えながら頭をなでる。ミミはぼくの胸の中でモゾモゾ動くと「ほんとに?」と言って顔を上げた。
涙で血は流され落ち、ぼくが恋した女の子の瞳に戻っていた。右目と左目、どちらの瞳にもぼくが写っている。
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