第12話(4)弐号『大樹』との死闘
「き、来たぞ!」
技師が指を差しながら声を上げる。
「……」
「ら、楽土さん!」
「う、う~ん……」
技師が楽土の体を揺するが、なかなか起きない。
「………」
「お、おい!」
技師が今度は藤花の体を揺する。
「う~ん……もう食べられない……」
「い、いや、起きろって!」
「楽土さんも!」
技師が藤花と楽土、それぞれの耳元で思い切り叫ぶ。
「うおっ⁉」
「び、吃驚した……」
藤花と楽土が目を覚ます。技師が呆れる。
「吃驚したのはこっちの台詞ですよ……!」
「頭が痛いな……叫ばないでくれる?」
藤花が自らの側頭部を抑えながら呟く。
「飲み過ぎなんだよ! だから止めたのに!」
「いやあ、あんな見事な月を見たら酒を飲む手も止まらないってもんだろう……」
藤花が思い出しながら笑みを浮かべる。
「そこを止めなよ! 今の自分たちの置かれている状況をよく考えろ!」
「自分たち……?」
「ああ!」
「からくり人形ってなんなんだろうね……」
藤花が沈んだ顔で俯く。
「そ、そういう難しいことは、今は考えなくていいから!」
「……じゃあ何を?」
「あれを見ろ、あれを!」
「あれ?」
藤花が技師の指差した先に視線を向ける。大きな船が五艘、福浦島の方に向かってくるのが見える。藤花が思い出したように頷く。
「ああ、そういえば追っ手がやって来るんだったっけ……」
「そういえばって!」
技師が戸惑う。
「しかし、よくここにいるのが分かったものだ……」
「見晴らしの良い所で酒盛りしていたら嫌でも目につくだろう!」
「ふむ、そう言われてみればそうか……」
藤花が顎に手を当ててうんうんと頷く。
「おいおい、大丈夫か⁉」
「大丈夫だよ……」
「さっきから座り込んだままじゃないか!」
「立てば良いんだろう? ……おっとっと……」
「おおっと……」
立ち上がった藤花と楽土がふらつく。
「ほ、本当に大丈夫か⁉」
技師が心の底から心配そうな声を上げる。
「大丈夫だって……」
「本当か?」
「……多分」
「多分って⁉」
「放て!」
「むっ⁉」
船から福浦島に向けて大量の弓矢が放たれる。
「はあ……」
「なっ⁉」
藤花が髪をかき上げると、矢がことごとく海に落ちる。
「は、針であの量の矢を撃ち落としたのか⁉」
技師が驚きの声を上げる。
「くっ……ならば、鉄砲隊、準備! ……放て!」
「むう……」
「……なっ⁉」
大量の銃弾が放たれたが、藤花と技師の前に立った楽土が盾でそれを防いでみせる。
「ふ、防いだ……⁉」
「正確な射撃でかえって助かりました……」
「なるほど、それなりに手練れを揃えてきているらしい……光栄なことだね」
「あ、あの……?」
「鉄砲の音でようやく目が覚めたよ」
「同じく……」
「お、遅いって!」
キリっとした表情を浮かべる藤花と楽土に対し、技師が声を上げる。
「まあまあ、起きたから良いじゃないのさ」
「大分肝を冷やしたぞ!」
技師が自らの腹のあたりを抑える。
「それじゃあ酒でも飲んで温めるといいよ」
「酒を飲んでいる場合か!」
「飲み過ぎは肝の臓に良くないとか……」
楽土がぽつりと呟く。
「ああ、そうなのですか?」
「ええ、聞いた話ですが……」
藤花の問いに楽土が頷く。
「だからこの状況で飲みませんって!」
技師が楽土に向かって声を上げる。
「えっ、飲まないのかい?」
藤花が技師に視線を向ける。
「飲まないよ!」
「ちぇっ……」
藤花が視線を戻して、つまらなそうに唇を尖らせる。
「なにがちえっ……だよ!」
「肝っ玉が据わっているところを見たかったのに……残念だ」
「なにをがっかりしているんだよ!」
「ふふっ、どうやら俺らの出番のようだな、兄者……」
「そうだな、弟よ……」
「! だ、誰だ⁉」
技師が自分たちの背後に迫ってきていた男たちに驚く。
「お前らを拘束、もしくは始末するものさ……」
「始末……⁉」
「そうだ、これ以上抵抗するというのなら我ら兄弟がお前らを片付ける」
「……大樹に似た姿形をしているね……からくり人形か」
藤花が首だけ振り返って、男たちを確認して呟く。
「ああ、恐らく大樹を元にしたのだろう……」
技師が藤花の呟きに反応する。
「そうかい。興味深いが相手をしている暇はないね……」
藤花が視線を海に戻す。
「なんだと?」
「言ってくれるな、女……!」
男たちが険しい顔を一層険しくさせる。
「女じゃないよ……」
「ああ?」
「藤花という名前がある……!」
「そ、そうか……俺たちは……」
「いや、いい……」
「ああん?」
「アンタらの体には多少興味があるが、名前には毛ほども興味がない……!」
「な、なんだと⁉」
「聞いたところでどうせすぐ忘れるしね……」
「い、言ってくれるじゃねえか! このアマ!」
男たちが激昂し、藤花に迫ろうとする。
「楽土さん……」
「はい……!」
「ぐっ⁉」
「ぬっ⁉」
楽土が盾を一振りすると、男たちは粉々に砕け散った。
「……終わりました」
楽土が藤花に告げる。藤花は振り返らないままに呟く。
「一振りで決着……やはり所詮はそんなものですか……」
「これは……どうしますか?」
楽土が藤花に問いかける。
「技師さん」
「え? な、なんだよ?」
いきなり声をかけられて技師が戸惑う。
「せっかくの部品だ。一応拾っておいたら?」
「あ、ああ、それもそうだな……」
技師が男たちの散らばった部品を拾い集める。
「……どうだい?」
「そうだな、それぞれの部品はなかなか上等なものを使っている……」
「使えそうかい?」
「ああ、楽土さんが綺麗にぶっ壊してくれたお陰でな」
技師がどこか楽しそうに答える。
「さすがは楽土さん、気が利きますね……」
藤花が楽土に微笑みかける。
「別にそういうつもりでもなかったのですが……」
楽土が自らの後頭部を抑える。
「さて……」
藤花が海の方にあらためて視線を向ける。船が近づいてきている。
「……どうしますか?」
楽土が問う。
「とりあえず……おまかせください」
「よろしいのですか?」
「ええ、露払いをしておきます……」
「はあ……」
「ここだと下手をすれば技師さんを巻き込んでしまう恐れがあります……」
「ああ、そうですね……」
「あの辺りに移っておいた方が良いかもしれません」
藤花が少し離れた小島を指差す。
「分かりました……」
「い、いや、ど、どうやって?」
技師がもっともな疑問を口にする。
「……こうやってさ!」
「うおっ⁉」
藤花が両手から藤の花の蔓を出して、一番近づいてきていた船に絡める。
「はっ!」
藤花が蔓を伝って、船に乗り込む。船にいた侍たちが驚く。
「な、なにいっ⁉」
「邪魔!」
「ぐっ⁉」
「う、うわあっ!」
藤花が素早い動きで侍たちを殴る蹴るなどでふっ飛ばし、海に次々と落とす。
「あと四艘……! その内二艘はこうする!」
「う、うおおっ⁉」
藤花が二艘の船に蔓を絡めて、持ち上げて空中で追突させる。船は破損し、乗っていた侍たちは海に無造作に投げ出される。
「楽土さん!」
「はい!」
楽土が蔓を伝って、さらに破損した船を足場代わりにして、小島に移る。
「これで残る二艘の内、一艘は救助を優先するだろう……残りの一艘に奴がいる……!」
二艘の船の内の一艘は藤花の考え通りに海に投げ出された侍たちの救助へ動く。
「……」
残りの一艘が楽土の移った小島の方へと動く。
「そっちを選んだか……」
藤花は楽土の方を見つめる。
「……零号には広瀬川での借りがあるが、その前に拾参号! おめえを潰す!」
船の上から大樹が斧を楽土に向ける。
「やれるものならやってみてごらんなさい……!」
「余計な手出しは無用だぞ!」
「わ、分かっている!」
大樹の言葉に周囲の侍が頷く。
「うおりゃあ!」
「むうん!」
大樹が飛びかかり、勢いそのままに斧を振り下ろすが、楽土が盾で受け止める。楽土の立つ地面がひび割れる。
「な、なんという衝撃!」
「それを受け止めるあのからくり人形もやはり只者では……!」
「どっせええい!」
「ぐううっ!」
着地したと同時に大樹が今度は斧を横に薙ぐが、楽土はこれも受け止める。
「ふうううん!」
「ぬううううっ!」
大樹が続けざまに斧を振る。楽土はこれをも受け止める。大樹が思わず笑う。
「へへっ、よく受けるな!」
「それほどでも!」
「だが、受けてばっかりじゃおらには勝てねえぞ!」
「それは承知の上です!」
楽土が盾を構え直す。
「全然分かってねえじゃねえか!」
「……!」
「だああああっ!」
「うぐうあああっ!」
楽土の盾が大樹の斧を砕く。
「んなっ⁉」
「攻防一体! これがそれがしの戦い方です! はああああっ‼」
「!」
楽土が盾で大樹の体を殴りつける。
「よしっ!」
「まだだ! 楽土さん!」
藤花が声を上げる。
「え……?」
「…………」
倒れない大樹の姿を見て楽土は目を疑う。
「な、なにっ⁉ 手応えはあったはず……!」
「そんなんじゃあ、おらは倒せねえよ!」
大樹が腕を振りかざす。いつの間にか、腕が丸太のように太くなっている。
「なっ……⁉」
楽土は盾を完全に振り下ろししてしまい、防御が間に合わない。
「おらあっ!」
「がはあっ!」
大樹の拳を食らい、楽土が盾を残して、後方に大きく吹っ飛び、海に落ちる。
「……そっちが攻防一体の戦い方なら、おらは……」
「大地と一体になった戦い方ってこと⁉」
「むうっ⁉」
藤花が飛びかかり、爪で攻撃するが、大樹はそれを防ぐ。藤花は空中で体勢を立て直し、地面に着地する。藤花が地面を足でとんとんと踏む。
「……大地にしっかりと根を張っているわけだ」
「ああ、そうだ……まさに……」
「その名の通り、まさに『大樹』だね……」
「お、おらより先に言うな!」
大樹が憤慨する。
「変にもったいつけるからだよ……」
藤花が苦笑交じりに呟く。
「ま、まあいい! 次は零号! おめえだ!」
「ふん……」
藤花が爪を構える。楽土が高らかに笑う。
「はははっ! そんな細っこい爪じゃ、おらの体には傷一つつけられねえよ! さっきので分かっただろう⁉」
「そのようだね……ならば……これだ!」
「うぐっ⁉」
藤花が右手から藤の花の蔓を大量に出して、大樹の体にぐるぐると巻き付ける。
「どうだい、なかなか動けないんじゃないか?」
「ふ、ふん! 動きを多少制限したところで、それに何の意味がある!」
「意味があるんだな、これが……」
藤花は笑みを浮かべる。
「ん……?」
「この蔓には酒をたっぷりと浸してある……」
「あ……?」
「どういうことか分からないかい? つまりは……こういうことだよ!」
「‼」
藤花が左手で左の鼻の穴を思いっきり押すと、右の鼻の穴から火が噴き出す。
「『鼻火』!」
噴き出された火が蔓を伝って、大樹の体をあっという間に包み込む。
「ぐああああっ⁉」
大樹が叫び声を上げる。
「はっ、これは思った以上に効果があったようだね……」
藤花が苦しむ大樹を見て、鼻で笑う。
「くそっ!」
「うおっと⁉」
大樹が身を海に投げ出す。引っ張られるようなかたちになって転びそうになった藤花はなんとか体勢を立て直して海をのぞき込む。
「……………」
「海水で消火する気か……? それにしたって……」
「……‼」
「がはあっ⁉」
海中から伸びてきたものが藤花の首を絞める。
「はあ……はあ……根っこさえ残っていれば、どうとでもなる……」
火を消した大樹が再び陸に上がる。
「くっ……こ、これは……木の根か?」
藤花は苦しみながら、自らの首を絞めているものを確認する。
「ああ、そうだ……そう簡単には切れねえぞ?」
大樹が根と繋がっている自らの右足を軽く上げる。
「ぐ、ぐうっ……」
「このまま首を締め落としても良いんだが……それじゃあおらの気が治まらねえ!」
「な、なにを……」
「そらよ!」
「ぐううっ⁉」
大樹が右足を振り上げる。藤花の体が空中に上がる。
「ほらよ!」
「ぐはあっ⁉」
藤花の体が地面に激しく叩きつけられる。
「ほらほら! もう一丁!」
「ごはあっ⁉」
再び藤花の体が地面に強く叩きつけられる。藤花が動かなくなる。
「……くたばったか?」
「…………………」
「返事はなし……ふん、零号もこんなもんか……」
「……と……言い……ながら……根を離さ……ないのは……用心深いね……」
「! まだ生きていたか、しぶといな……」
「根を……離さなかった……のが……仇になった……ね」
「なにを言っているんだ?」
「ふん……!」
藤花が両手で根を掴む。すると、根を伝って、大樹の体中に藤の花が咲き乱れる。
「なっ、なんだ、これは……⁉」
「綺麗な……花……だろう?」
藤花が微笑を浮かべる。
「き、気味が悪い! ただの花じゃねえだろう⁉」
「察しが……良いね……」
「何を企んでいやがる⁉」
「こう……いう……のは……いかが? 『花火』!」
「⁉」
大樹の体に咲き乱れた花が次々と爆発する。
「ふふっ……」
根が切れたため、藤花は後方に仰向けに倒れ込む。
「………!」
「がはああっ⁉」
「…………!」
「ぐはああっ⁉」
「…………!」
「ごはああっ⁉」
爆発が大樹の体を吹き飛ばしていく。
「こ、このままだと、まずいのでは……?」
船の上で様子を伺っていた侍が上司に尋ねる。
「お、お主も聞いておっただろう……『余計な手出しは無用だ』と!」
「そ、それはそうですが……」
「とにかく弐号は零号とは痛み分けに近いが、拾参号は間違いなく倒した! 海のこの辺に落ちたはずだ! さっさと引き上げて仙台に戻るぞ!」
「ははっ!」
「まだ見つからんのか!」
「は、はい、確かにこの辺に落ちたはずなのですが……」
「もっとよく探せ! 新型の拾参号など持ち帰ってみろ! 我らの出世は間違いないぞ! 付き従うお前らの待遇もきっと良くなる!」
「……どうせ手柄を独り占めにする気だろう……!」
「ああ、そうに違いない……!」
「まったくやってらんねえや……」
下っ端の侍たちが文句をたれている。
「ぶつぶつとなにか言っている暇があるなら、もっと探せ‼」
「いや、この辺りに沈んだはずなのですが……」
「遅い遅い……遅いですよ!」
「ええっ⁉」
侍たちが視線を後方に向けると、立派な造りの岩に楽土が寄りかかっていた。
「呆然とした意識の中で、ここまでなんとか泳ぎつけましたよ」
「ま、まだ、拾参号が健在! 弓矢と鉄砲を構えよ!」
侍たちが弓矢と鉄砲を構える。
「ははっ……」
「諦めたか、拾参号! 大人しく投降するなら悪いようにはしない……!」
「もうこんなボロボロなそれがしにそんな物騒なものを向けないでくださいよ……!」
楽土が笑みを浮かべながら、手を激しく左右に振る。
「……戦闘の意思はないか?
「まったくないです」
「そうか、船を近づける……こちらに乗り込め」
「……それはお断りします」
「なに? 何故だ、戦闘の意思はないのだろう?」
「ええ……ただ、この石がありましたので……‼」
「はああっ⁉」
侍たちが驚愕する。楽土が自らの寄りかかっていた島を島ごと持ち上げたからである。
「あ、あれは……藩祖さまお気に入りの……」
「持ち帰ったら者には千貫を与えるとおっしゃられた岩……というか島を軽々と……」
「うおおおおおおおっ⁉」
楽土が島を叩きつけ、藤花と大樹が倒れていた島は……海に沈んでいった。
「ば、馬鹿な……」
「島で……島を沈めた……?」
侍たちが啞然茫然としている。
「各々方ここらで手打ちにすべきです!」
技師がありったけの声を上げる。一番偉い侍が尋ねる。
「どういう意味だ、女!」
「お互いのからくり人形はもはやほとんど使い物になりませんが、公儀にはまだ何体か優れたからくり人形が残っているという情報もあります……!」
「なんと⁉ それはまことか⁉」
「ええ、技術屋をやっていると色んな情報が耳に入ってくるものなのです……!」
「そ、それでは……」
「零号と拾参号、それに弐号はまったくの相打ちに終わったということだけ、それぞれ上に伝えるのです!」
「し、しかし……」
「このままでは江戸と仙台で戦ですぞ!」
「⁉ そ、それは……」
「それは出来れば避けたいのが本音のはず……」
「ふ、ふむ……」
「それでは、やはりこの辺で……」
「待て! やはり、拾参号をそのままにはしておけないだろう!」
二番目に偉い侍が拾参号に対して刀を向ける。
「……楽土さん」
「……あらよっと!」
「んなっ⁉」
島を元の位置に戻した楽土の桁外れの膂力を見て、侍たちが戦意を失う。
「お分かりいただけましたか? これ以上の争いは無益でございます」
「し、しかし、こちらは弐号を海に沈められてしまったのだぞ!」
「お怒りごもっとも! そこで私めをお使いください!」
「貴様を……?」
「これから江戸に向かうと、拾参号の紹介で、江戸のからくり人形研究の中枢に入り込む手筈となっております。そこで得た様々な知見を皆さんにお伝えする……というのは……?」
「そ、それはつまり……」
「さながら技術間諜といったようなものでございますな」
「……分かった。顔は覚えた。使えないようであればいつでも始末するぞ……」
「必ずや有益な情報をこの仙台藩にお届けします~」
「……撤退だ!」
仙台藩の船が海に落ちた者の救助を終え、仙台へと戻っていく。
「へへっ、私には気が付かなかったようだね……」
粉々に割れた島の一つに必死にしがみついていた藤花が苦笑する。
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