第10話(4)からくり侍、そして……

「だ、大丈夫かね……」


 技師が不安そうに後ろを振り返る。


「今は進むしかありません!」


 楽土が声を上げる。


「進むたって……楽土さん……」


「え?」


「この先にあるのは本丸だよ⁉」


「そうですね……」


「そ、そうですねって……」


「しかし、ここまで来たのなら逃げるのも容易なことではありません!」


「だ、だからと言って……」


「万が一の時は、なんとか技師さんだけでも逃がします!」


「! た、頼もしい……!」


 技師が目を輝かせる。


「むっ⁉」


 楽土が周囲を見回す。


「なんだ⁉」


「曲者じゃ!」


「出あえ! 出あえ!」


 周囲の建物などから侍たちが大挙して飛び出してくる。


「くっ!」


 楽土と技師はからくり牛の進軍を停止させる。侍たちが取り囲む。


「ど、どうします⁉」


「どうしましょう⁉」


「ええっ⁉」


 問い返されたことに技師は驚く。


「……こやつらは何者だ?」


「そ、それがしたちは決して怪しい者ではございません……」


「怪しいだろう! 思いっきり!」


 楽土の言葉に侍たちが反応する。


「こやつらは例のあれだ……江戸から差し向けられたという連中だろう……!」


「! なるほど……」


「いやいや、江戸から来たのはこの方だけです! 私はなんの関わりもございません!」


 技師が楽土を指差す。


「技師さん⁉」


 楽土が愕然とする。


「万が一のことがあれば逃がすって言っていたでしょ……⁉」


 技師が小声で囁く。


「そ、そういうかたちは想定していません……!」


 楽土が応える。


「楽土さんは最新のからくりなんだから、悪いようにはされないって……!」


「そ、そうでしょうか?」


「た、多分……!」


「多分って……!」


「何をごちゃごちゃと言っている!」


「珍妙な牛?に跨っている時点で同じ一味だろう。捕らえる!」


「つ、捕まるわけには参りません!」


 楽土が声を上げる。


「抵抗するというのなら、死んでも知らんぞ⁉」


「やれるものならやってごらんなさい!」


 楽土が大きく両手を広げる。


「! かかれ!」


 侍たちが楽土に斬りかかる。


「えい!」


「むん!」


「うわっ⁉」


「せい!」


「ふん!」


「うおっ⁉」


「てい!」


「ぬん!」


「どわっ⁉」


 楽土は盾で防ぎ、すかさず侍の着物を掴んで投げ飛ばしていく。


「馬鹿正直に一人ずつで行くな! 槍を持っているもの、集団でかかれ!」


「うおおっ!」


「むうん!」


「どわあっ⁉」


 楽土が盾を豪快に振り回し、起こした風の圧で集団を退ける。


「ちいっ、弓隊、構え!」


「どっせい!」


「のわあっ⁉」


 楽土が地面を拳で砕き、飛び散った土塊が前に出た弓隊に当たり、弓隊は倒れる。


「お、おのれ……!」


 侍たちは少し後退する。


「ふう……」


 楽土は小さくため息をつく。


「……楽土さん、手加減してません?」


「……殺生は出来る限りしたくありませんし、仙台藩のお侍を下手に殺めてしまうと、ことが大きくなってしまいますから……」


 技師の問いに楽土が答える。


「なるほど……でも、このままだとジリ貧では?」


「それはそうですね。どこかで突破口を見出したいところです……」


「あ、あの山伏はやはりからくり人形なのでは⁉」


「そ、そうか! ではこちらも……! おい、連れて来い!」


「はっ!」


「むっ……」


 侍たちの後方から少し大柄な侍の恰好をした者が現れる。技師が呟く。


「あれは……」


「いけ! からくり人形にはからくり人形だ!」


「……!」


「!」


 からくり侍が刀を抜いて、素早く斬りかかるが、楽土が盾で防ぐ。


「……‼」


「くっ!」


 初太刀を防がれたからくり侍が二の太刀を振るう。楽土の盾が弾かれる。


「楽土さん!」


「! ! !」


「うっ! くっ! むっ!」


 からくり侍が連続で太刀を振るう。楽土は盾を持ち直して、なんとか凌ぐ。


「いいぞ! 向こうは防戦一方だ! やってしまえ!」


「ら、楽土さん!」


「……」


「ちょ、調子に乗らないで頂きたい!」


「⁉」


 楽土が腰に提げていた杖を持ち出し、からくり侍の首のあたりを貫く。からくり侍は動きを停止させる。技師がすぐに気付く。


「頭から体へと動きを伝達させる仕組みの部分を壊した……お見事!」


「はあ……」


 楽土が先ほどより大きいため息をつく。


「楽土さん、杖も武器だったのですね……」


「滅多に使いませんけどね……」


「それほどの相手だったと……さすが仙台藩の切り札のからくり人形……」


「いいえ、この方は違うと思います……」


「え?」


「攻撃は素早かったですが、一撃がそこまで重くない印象でした……太刀筋も素直で軌道が読みやすい……それ故に対応するのはそこまで苦ではなかった……」


「と、ということは……?」


「番号が付いているからくり人形は別にいます……」


「へえ、そいつを倒したのか、やるもんだな……」


「‼」


 楽土たちが視線を向けると、散切り頭で、艶々とした美しい黒髪で、中肉中背の男がそこには立っていた。若々しい顔立ちの男は小首を傾げる。


「狙いはおらだろ?」


「恨みはないですが……お覚悟!」


 楽土が盾を振るう。


「いや、杖じゃないの⁉」


 技師が戸惑う。


「むっ⁉」


「……盾で攻撃とは……なかなか面白えなあ……」


 男は斧で楽土の盾を防ぐ。


「くっ、びくともしない……⁉ 体格では勝っているのに⁉」


「おめえさあ、腰が入ってねえんだよ……」


「それならば!」


 からくり牛に跨った藤花が猛然と突っ込んでくる。


「‼ 藤花さん!」


「これでも食らえ!」


 藤花がからくり牛に体当たりをさせる。


「……」


「なっ……⁉」


 からくり牛が粉々に砕けたが、男は全く動じていない。藤花は受け身を取って、すぐに立ち上がり、男から少し距離を取る。男が笑みを浮かべながら呟く。


「根を張ってねえからだ。だからそうやって軽く吹っ飛ぶ……」


「根……?」


 藤花が首を捻る。


「まあ、これは例え話みてえなもんだ……」


「ぐっ……」


「そろそろこっちから仕掛けさせてもらうぜ!」


「どおっ⁉」


 男が斧を盾から離して、またすぐに振り下ろすが、楽土が盾で防ぐ。楽土の後方の地面が割れる。それを見て技師が驚く。


「そ、そんな……⁉」


「へえ、結構丈夫だなあ、盾もおめえさんも……」


「それが取り柄なもので……」


「名前は?」


「楽土です……」


「番号は?」


「拾参です……」


「おめえが拾参? ってことは……」


「隙有り!」


「おおっと⁉」


 爪で斬りかかった藤花の攻撃を男がのけ反ってかわす。


「! 今のをかわす⁉」


「おめえが零号か! 名前は⁉」


 体勢を立て直した男がどこか楽しげに問う。着地した藤花が応える。


「……新参者が先に名乗るべきじゃない?」


「! おらを新参者扱いするとは……こりゃあ参ったな……」


 男が苦笑しながら後頭部をポリポリと搔く。


「実際そうでしょう。私よりも後に造られたのだから……」


「……おらは弐号、通称『大樹たいじゅ』だ」


「大樹……」


「いやあ、番号付きのからくり人形二体と会えるとは……長生きはしてみるもんだな~今日はせっかくだから楽しもうぜ……」


「加勢するぞ!」


 周りの侍たちが武器を構えて、藤花たちをあらためて取り囲む。


「別にいらねえって……野暮なことすんな……」


 大樹がため息交じりに呟く。


「そういうわけにもいかん!」


「ちっ、仕方ねえなあ……」


 大樹が斧を構え直し、藤花たちにゆっくりと迫る。

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